
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
相続が起きたとき、誰が遺産を相続するのかは、民法で定められた法定相続人の範囲と相続順位によって決まります。
ですが、重大な非行を行った場合は相続人になれないことがあります。
相続に関して、犯罪や不法行為を行った者に対して相続を認めるのは不適切なため、法律によって強制的に遺産を相続する権利(=相続権)を剥奪する制度【相続欠格】が設けられているためです。
今回は、相続権を失うことになる【相続欠格】について、どのような場合に相続欠格になるのか、相続欠格となった者がいる場合に相続順位はどうなるのかなどを解説していきます。
Contents
相続欠格とは
相続欠格とは、欠格事由のいずれかに該当する重大な非行を行った相続人から、相続権を強制的に失わせる制度のことです。
相続欠格に、被相続人の意思や特別な手続きは必要ありません。
相続欠格事由のいずれかに該当した場合、該当する相続人は、遺産の相続権を失うだけでなく、遺留分を請求することも、遺言書による贈与(遺贈)を受け取ることもできなくなってしまいます。
どんな場合に相続欠格になるの?
相続欠格となるのは、自分の相続分を増やそうとして被相続人や他の相続人に危害を加えたり、自分に有利な内容の遺言書を作成させたりするなど、重大な非行があった場合です。
具体的には、民法によって5つの欠格事由が定められています。
【相続人の欠格事由】
- 被相続人や他の相続人を殺害した、または殺害しようとした
- 被相続人が殺害されたことを知りながら黙っていた
- 詐欺や強迫によって、被相続人が遺言を残すことや、撤回や取消し、変更することを妨害した
- 詐欺や強迫によって、被相続人に遺言を残させたり、撤回や取消し、変更させたりした
- 遺言書を偽造、書き換え、隠ぺい、破棄した
遺産を手に入れるために、被相続人や他の相続人を殺害した、または殺害しようとした
自分の利益のために、悪意をもって故意に被相続人や他の相続人を殺害したり、殺害しようとした罪で刑に処された場合、欠格事由に該当します。
例えば、次のようなケースです。
- 遺産目当てで、介護が必要な被相続人に食事を与えずに死に至らしめた
- 被相続人の遺産を早く手に入れるために殺害しようとした
- 父親の遺産を独り占めするために、母親と兄弟を殺害した
- 兄の遺産を独り占めするために、兄嫁やその子供、自分の両親の殺害を計画した など
【欠格事由に該当しないケースもあります】
被相続人や他の相続人を死に至らしめてしまった場合(未遂を含む)でも、
- 過失致死や正当防衛など、故意がない場合
- 刑の執行が猶予されてその期間を満了した場合
などのケースは欠格事由に該当せず、相続人として遺産を相続することができます。
被相続人が殺害されたことを知りながら黙っていた
被相続人が殺害されたことを知りながら犯人を告発・告訴せずに黙っていて、不当な利益を得た場合も、欠格事由に該当します。
例えば、「兄が遺産目当てで父親を殺害したことを知りながら黙っていた場合」などが該当します。
【欠格事由に該当しないケースもあります】
犯人を黙っていた場合でも、
- 告発・告訴ができない子供の場合
- 認知症や精神疾患などで判断能力がない場合
- 殺害した人が自分の配偶者や、両親・子供などの直系血族の場合
など、是非の判断がつかない場合はもちろんのこと、近しい関係性の者を告発・告訴するのは難しいということで、相続欠格には該当しないとされています。
詐欺や強迫によって、被相続人が遺言を残すことや、遺言書の撤回、取消し、変更することを妨害した
被相続人が遺言書を作成することや、遺言書の撤回・取消し・変更することを、詐欺や強迫によって妨害した場合も、欠格事由に該当します。
具体的には、次のようなケースです。
- 父親が自分に相続させないと言い出したので、刃物を突き付けて遺言書の作成を妨害した
- 自分に不利な内容に遺言書が書き換えられると知って、遺言書は書き直すと無効になると虚偽の情報を信じさせ、遺言書の変更を妨害した など
詐欺や強迫によって、被相続人に遺言を残させたり、遺言書の撤回、取消し、変更をさせたりした
詐欺や強迫によって、被相続人に遺言書の作成を強制したり、遺言書を無理やり撤回・取消し・変更させたりした場合も、欠格事由に該当します。
具体的には、次のようなケースです。
- 母親を刃物で脅して、自分に有利な遺言書を作成させた
- 母親が不倫していると虚偽の情報を信じさせ、子供だけに遺産を相続させる内容の遺言書に変更させた など
遺言書を偽造、書き換え、隠ぺい、破棄した
被相続人の遺言書を偽造したり、自分に不利な遺言書を発見したときに、遺言書を書き換えたり、隠ぺい・破棄した場合も、欠格事由に該当します。
具体的には、次のようなケースです。
- 父親名義の遺言書を、筆跡をまねて作成した
- 兄に実家を相続させるという遺言書を、自分が相続する内容に書き換えた
- 父親の遺言書を預かっていたのに、他の相続人には隠していた
- 母親に全ての遺産を相続させるという遺言書を発見したが、黙って燃やした など
相続欠格者がいる場合、相続順位はどうなる?
欠格事由に該当する相続人=“相続欠格者”がいる場合に、次の相続順位の相続人へ相続権が移るのは、相続欠格者に代襲相続が発生せず、同順位で他に相続人がいないケースです。
相続欠格者に子供がいる場合、代襲相続が発生して欠格者の相続権が子供へ移ります。
また、代襲相続が発生せず、同順位で他に相続人がいる場合は、他の相続人で遺産分割することになるため、いずれも相続権が次の相続順位へと移るということはありません。
相続欠格であることは戸籍に表記されない
相続欠格であることは戸籍に表記されません。
これは、相続人の欠格事由に該当した相続人は、なんらかの届出や手続きを経ることなく、法律上当然に相続権を失うためです。
被相続人の意思に基づき、届出や手続きを経て相続権を失う“相続廃除”とは異なり、相続権を喪失していることを戸籍で確認することができません(相続廃除については後述します)。
そのため、預貯金口座の名義変更や相続登記などの相続手続きにおいて、相続欠格者がいることを証明する必要があるので注意しましょう。
相続欠格者がいる場合の相続手続き
相続欠格者がいる場合の相続手続きでは、相続欠格者がいることを証明するために、「相続欠格事由に該当することの証明書=相続欠格証明書」を提出しなければなりません。
相続欠格証明書は、相続欠格者本人が作成して印鑑証明を添付する必要があります。
【相続欠格者が証明書の作成を拒否する場合】
相続欠格者が、相続欠格を認めず相続権を主張する場合、相続手続きにおいて相続欠格証明書を提出することができません。
そのため、他の相続人が“相続権不存在確認訴訟”を提起し、確定判決を取得た後にその判決書を提出することになります。
相続欠格と相続廃除の違い
相続欠格と同じように、相続人の意思に関係なく相続権を剥奪する制度に“相続廃除”があります。
【相続廃除とは】
相続廃除とは、被相続人に対して虐待したり重大な侮辱をした相続人や、被相続人の財産を無断で処分するなどの非行があった相続人に対して、被相続人の意思と申立てにより、相続権を奪うことができる制度です。
- 相続廃除は、被相続人の意思で取消しができる
- 相続廃除の対象は、遺留分を有する法定相続人(配偶者、子、親)に限定される
- 相続廃除があったことが戸籍に表記される
などが、相続欠格とは異なります。
相続欠格に関するQ&A
相続欠格者が、遺言書に書いてあるのだから遺産をもらえるはずだと言っています。従わなければならないのでしょうか?
基本的に従う必要はありません。
相続欠格は、欠格事由に該当する場合に当然に相続人としての資格を失わせる制度で、同時に受遺者としての資格も失うことになります。
したがって、相続欠格者は遺言によって遺産を受け取ることもできないため、従う必要はありません。
もっとも、相続人に欠格事由があっても被相続人が許していた場合、喪失した相続権を回復させるかどうかは判断がわかれるため、弁護士に相談することをおすすめします。
相続欠格者から遺留分を請求されました。無視していいですか?
相続欠格者から遺留分を請求されても応じる必要はありません。
しかし、無視や放置することは望ましくないので、欠格者本人に、相続欠格者は遺留分侵害額請求の請求権がないことを伝えましょう。
遺留分は遺言によっても侵害できないとされますが、相続欠格事由に該当する場合は相続権が剥奪されるため、遺留分を請求する権利も同時に失います。
この事実を相続欠格者が知らない場合、調停や裁判で遺留分を請求される可能性もあるため、相続欠格者には遺留分の請求権がないことを伝えるようにしましょう。
相続欠格者が納得しない場合は、相続権がないことを確認するために訴訟などの手続きが必要となる可能性もありますので、弁護士に相談することをおすすめします。
遺産分割後に遺言書の偽造が判明しました。やり直しはできますか?
偽造された遺言書は無効なので、遺産分割した後にどれだけ時間が経っていても、さかのぼって遺産分割協議をやり直すことができます。
一般的には、相続人全員で遺産分割協議をやり直すことになりますが、被相続人本人が作成した遺言書が見つかった場合は、遺言の内容に従うことも可能です。
ただし、不当に利益を得ようとして遺言書を偽造した相続人は相続欠格者となるため、遺産分割協議に参加することも、遺留分を請求することもできず、遺産を受け取れなくなります。
相続人の一人が嘘を吹き込み、遺言書を書き直させたようなのですが、証拠がないと言われてしまいました。諦めるしかないのでしょうか?
相続人の一人が嘘を吹き込んで遺言書を書き直させたという証拠がなければ、遺言書を無効にすることが難しくなります。
書き直す前の遺言書の内容や、生前の被相続人の言動、周囲の証言など、「嘘を吹き込まれて書き直した」という証拠を諦めずに集めることが重要になります。
どうしても証拠がない場合は、遺言書に形式的な違反はないか、遺言書を作成した当時の被相続人に遺言能力があったかなど、別の視点から遺言書の無効を訴えられないか検討しましょう。
相続欠格者がいます。相続税の基礎控除額に影響しますか?
相続欠格者は相続税の基礎控除額の計算における法定相続人の数に含まれないため、控除額が減ってしまうことがあります。
【相続税の基礎控除額の計算式】
基礎控除額=3000万円+(600万円×法定相続人の数)
ただし、相続欠格者に子供がいて代襲相続が発生する場合、代襲相続人も法定相続人の数に含まれるため、控除額が増える場合もあります。
相続欠格証明書を書いてもらえない場合は、諦めて遺産分割するしかないのでしょうか?
相続欠格証明書を書いてもらえない場合、裁判所の手続きによって相続欠格者が相続人の地位を有さないことの確認を判断してもらうことができます。
この手続きを“相続権不存在確認訴訟”といって、相続人全員が原告となって、相続欠格者を被告として、民事訴訟を提起することになります。
訴訟によって相続欠格者であることが確定されれば、相続欠格者を除いた相続人全員による遺産分割協議を行い、合意した内容で遺産分割を行えるようになります。
相続欠格に関する問題は弁護士にご相談下さい
相続人が違法な行為によって、不当に相続で利益を得ようとした場合に、相続させたくないと考えるのは当然のことです。
相続人の欠格事由に該当する場合、法律上当然に相続人としての資格を失うとはいえ、戸籍に表記されず、確認する方法もないので、欠格者本人が否定するケースも少なくありません。
弁護士であれば、相続権不存在確認訴訟も視野に入れたアドバイス・サポートができます。
ほかにも、遺言無効確認や遺産分割協議、相続手続きと、相続に関するさまざまな問題に対処することが可能です。
相続欠格など相続についてお困りの方は、一度弁護士法人ALGまでご相談ください。
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保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)