
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
交通事故に遭われた方が「逸失利益」という言葉を目にするのは、保険会社から損害額計算書を提示されたときが多いのではないでしょうか?
逸失利益は、「いっしつりえき」と読み、交通事故によって怪我を負った被害者や亡くなった被害者の遺族が請求し得る損害の種類の1つです。
逸失利益と言われても聞きなれない言葉なので、何のことだろうと調べる方もいると思います。今回は逸失利益とは何か、計算方法や増額のポイントなどをわかりやすく解説します。
逸失利益について知識がないことで、「正しい金額をもらえなかった」「逸失利益が認められなかった」「増額の可能性があったのに」などと後悔するケースがあります。被害者にとって不利な内容で示談しないようにぜひ最後までお読みください。
Contents
交通事故の逸失利益とは
逸失利益は交通事故がなければ被害者が本来得られるはずであった収入・利益に対する補償です。民法では、加害者が故意または過失によって被害者の権利、法律上保護される利益を侵害した場合、加害者はこれによって生じた損害を賠償する責任があるとされています。
たとえば、事故に遭って被害者に後遺障害が残ると、事故前と同じように働くことができず収入が減少する場合があります。被害者が亡くなった場合、事故に遭わずに生きていれば得られた収入があります。このように事故によって「後遺障害が残る」「死亡する」などの損害が生じた場合、加害者に逸失利益を請求できます。
逸失利益には「後遺障害逸失利益」と「死亡逸失利益」の2つがあり、下記で解説します。
後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益とは交通事故で後遺障害が残った場合の逸失利益です。交通事故のケガの中には、治療をしても完治せず後遺症が残ってしまうことがあります。残ってしまった後遺症のうち、後遺障害等級認定されたものを後遺障害と呼んでいます。
たとえば視力や聴力の低下などの後遺障害が残ってしまうと事故前と同じように働けず、労働能力の低下や将来の収入減少が考えられます。後遺障害の等級に応じて、逸失利益が支払われます。
死亡逸失利益
死亡逸失利益とは、交通事故で被害者が死亡した場合において、被害者の死亡によって得られなくなってしまった利益を指すものです。
交通事故に遭わずに被害者が生きていれば、収入・利益を得られたであろうことが想定されます。死亡逸失利益はこの得られたはずの収入・利益を補償します。
逸失利益の計算方法
後遺障害逸失利益と死亡逸失利益の計算式は下記のとおりです。逸失利益の算定は、労働能力の低下の程度や収入の減少状況、将来の昇進、転職、失業などの可能性、日常生活の不便さなどを考慮して行います。
●後遺障害逸失利益の計算式
(基礎収入)×(労働能力喪失率)×(労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数)
●死亡逸失利益の計算式
(基礎年収)×(就労可能年数に対するライプニッツ係数)×(1-生活費控除率)
計算式にある専門用語について解説します。
基礎収入
原則として交通事故前の実際の収入を基礎収入とします。会社員であれば給与明細や源泉徴収票、自営業者であれば前年の確定申告書などを用いて事故前の収入を算定します。基礎収入額は被害者の職業や立場によって異なります。
賃金センサスについて
賃金センサスは厚生労働省が公表している「賃金構造基本統計調査」の結果をまとめたものです。雇用される労働者の賃金状況や実態を把握できる資料で、毎年更新されています。
逸失利益を計算するには被害者の基礎収入が必要です。会社員だと源泉徴収票や給与明細から収入を明らかにできますが、専業主婦(夫)や子供など未就労者は収入を証明するものがありません。そのため、賃金センサスという統計資料を用いて被害者の性別や年齢などに応じた平均賃金から基礎収入を算定します。
基本的には、収入を証明できれば実際の収入をもとに、実際の収入が明確でない場合には賃金センサスを用いて算定します。未就労者以外に自営業者でも確定申告していない場合、賃金センサスをもとに算定することもあります。
労働能力喪失率
労働能力喪失率は交通事故で後遺障害が残ったことで、事故前と比較して労働能力が低下した程度を比率で表したものです。後遺障害の等級に応じて12段階で労働能力喪失率の目安が定められています。下記の表から労働能力が低下した割合を確認して算定します。
後遺障害等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
1~3級 | 100% |
4級 | 92% |
5級 | 79% |
6級 | 67% |
7級 | 56% |
8級 | 45% |
9級 | 35% |
10級 | 27% |
11級 | 20% |
12級 | 14% |
13級 | 9% |
14級 | 5% |
同じ後遺障害等級でも被害者の職業や年齢、性別、後遺障害の部位や程度、交通事故前後の就労状況によって支障の内容や程度は変わります。そのため、表どおりの割合にならない可能性もあります。重要なのは後遺障害を抱えたことにより、労働や日常生活でどのような支障がでるか、という点です。表の割合はあくまでも参考程度になります。
労働能力喪失期間
労働能力喪失期間は後遺障害によって労働能力が失われてしまう期間のことです。労働能力を失ったことで収入の減少が生じると考えられる期間を労働能力喪失期間として算出しています。
労働能力喪失期間は下記のとおりです。
後遺障害の症状固定日→67歳まで
原則として症状固定日から67歳までの期間とされていますが、後遺障害の内容や被害者の職業、地位、健康状態、就労能力などにより変わる場合もあります。
<未就労者の場合>
高校卒業後18歳から67歳までの57年間
大学卒業予定の年齢から67歳まで
被害者が未就労者の場合、就労開始時期は原則、高校卒業後の18歳から67歳までとされています。被害者が大学生、大学進学が見込まれる場合には大学卒業後から67歳までになります。
<症状固定時の年齢が67歳を超える場合>
厚生労働省が公表する「簡易生命表」から平均余命の2分の1を労働能力喪失期間としています。
ライプニッツ係数
ライプニッツ係数は労働能力喪失期間の中間利息を控除するために用いる数値です。利息がつくことによる増額分を逸失利益から控除することを中間利息控除といいます。
逸失利益は被害者が収入や利益を得られたであろう時期より前に被害者に支払われます。たとえば、逸失利益として支払われたお金を定期預金に預けるとします。年利0.1%の定期預金に300万円を預けた場合、1年後にもらえる利息は3000円です。
この利息分をあらかじめ控除しないと、被害者は利息分増えた利益を得てしまいます。そのため、中間利息控除をするためにライプニッツ係数を用いて逸失利益を算定します。
生活費控除率
死亡逸失利益の算定は基礎収入額、就労可能年数のほか、生活費控除が必要になります。
生活費控除率とは、もし被害者が生きていたら必要であった生活費を差し引くための基準です。生活費を一律で出すのは難しいため、被害者の立場や家族構成によって一定の基準が決まっています。基準は下記の表をご覧ください。
被害者の家庭内における役割・属性 | 生活費控除率 |
---|---|
一家の支柱(被扶養者1人の場合) | 40% |
一家の支柱(被扶養者2人以上の場合) | 30% |
女性(主婦、独身、幼児等を含む) | 30% |
男性(独身、幼児等を含む) | 50% |
被害者が死亡したら将来得られたはずの収入が失われます。一方、被害者が生きていたら発生していたはずの生活費はかからなくなります。被害者が生きていた場合、家族が使えるのは、被害者が得た収入から被害者の分の生活費を差し引いた金額です。そのため、逸失利益は被害者の生活費を差し引いて計算する必要があります。
したがって、死亡逸失利益は被害者が生きていた場合の生活費を生活費控除率として差し引いて算定しています。
年金受給者の場合、年金の中に生活費の占める割合は大きいと考えられるため、生活費控除率は通常より高くなる傾向があります。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
交通事故の逸失利益を請求できるのは誰?
逸失利益を請求できるのは、基本的に交通事故前に収入を得ていた被害者本人です。専業主婦(夫)や子供、年金受給者にも認められます。
被害者が死亡した場合は相続人が請求できます。相続人は基本的に配偶者である妻や夫、子供です。被害者に配偶者がいな場合には被害者の両親、両親が他界している場合は、兄弟姉妹が相続人として請求できます。
減収しなくても逸失利益が認められるケース
交通事故で後遺障害が残っても、減収せずに収入を得られるケースがあります。
後遺障害による減収がないとなると、後遺障害逸失利益を認めるべきかが争いになることが多いです。減収のない後遺障害逸失利益については「後遺障害が被害者にもたらす経済的不利益が認められる特段の事情があるか」が争点になります。「特段の事情」を主張立証できれば、減収がなかったとしても逸失利益が認められる可能性があります。
「特段の事情」として主張できるケースとしては下記のとおりです。
- 後遺障害があっても被害者本人の努力によって収入を維持できている
- 将来の昇進、昇給、転職などで不利益になる可能性がある
- 被害者が実際の生活や働く上で具体的な支障が出ている
- 勤務先で特別な配慮を受けている
- 勤務先の規模が小さいことや存続可能性が低いこと など
逸失利益が増額するポイント
交通事故で請求する逸失利益を増額させるポイントを3つ紹介します。加害者の保険会社とやりとりをする前に以下の点に気を付けておくと逸失利益が増額する可能性が高まります。
正しい後遺障害等級認定を受ける
後遺障害の等級が高いほど、基本的に、後遺障害逸失利益は高額になります。交通事故で生じたすべての障害に等級が認められるわけではありませんが、認められると後遺障害逸失利益が請求できます。被害者の方は書類を十分にそろえて後遺障害等級認定を申請し、ご自身の症状に見合った妥当な等級をもらうことが大切です。妥当な等級をもらうことが逸失利益の増額につながります。
適正な基礎収入で逸失利益を計算する
基礎収入を適正よりも低く見積もってしまった場合、逸失利益が減額します。基礎収入は算定基準によって計算方法が変わります。被害者の職業や収入、立場によっても変わるので、適正な基礎収入で逸失利益を計算する必要があります。
逸失利益を弁護士基準で算定する
逸失利益は弁護士基準で算定したものが、適正な金額だといわれています。弁護士基準は実際に裁判で争ったときの金額をもとに算定しているからです。裁判で争った場合の金額は中立な立場である裁判官が判断したものですので、被害者と加害者どちらの立場からも、公平な金額だといえます。さらに弁護士基準で算定した適正額が逸失利益の相場の中では一番高額です。被害者の逸失利益を増額させるためには、弁護士基準で算定する必要があります。
逸失利益の獲得・増額は、弁護士へご相談ください
逸失利益について最後まで読んでいただきありがとうございます。逸失利益の計算では難しい専門用語が多く、実際に損害額計算書を提示されてもよくわからないことが多いと思います。
後遺障害が残ったり、死亡する交通事故は被害者やそのご家族の方に多大な損害を与えます。逸失利益の金額や判断が適正でないことで、被害者側が損をしてしまうことは望ましくありません。不明点や困りごとがありましたらぜひ弁護士にご相談ください。
交通事故に強い弁護士に相談することで、逸失利益の獲得や適正な相場への増額交渉ができます。
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保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)