
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
夫婦はお互いに助け合うものとして、日常生活を維持するために必要な生活費=婚姻費用を、夫婦で分担する義務があります。
通常は、この婚姻費用の分担について、「家賃や子供の学習費はあなたが負担する。そのほかの生活費は私が負担する」といったように、夫婦で話し合って決めます。
では、もしも夫婦が別居してしまったら、婚姻費用の分担はどうなるのでしょうか?同居していても、配偶者が婚姻費用を分担してくれなくなったら?
夫婦関係が円満な時に問題になることはほぼありませんが、一度夫婦関係が悪化してしまうと問題になり、争いが生じやすい婚姻費用について、詳しく解説していきます。
Contents
婚姻費用とは
婚姻費用とは、婚姻関係にある夫婦や、未成熟子(経済的に自立していない子供)が、その資産や収入、社会的地位に応じた通常の社会生活を維持するために必要な費用のことをいいます。
民法上、婚姻費用は、夫婦がお互いに負担すべきと定めています。夫婦関係が円満であれば、婚姻費用の分担に不満を持つことは少ないでしょう。
一方、「夫婦関係が悪化して別居する」といったケースでは、夫婦の間で婚姻費用についての争いが生じやすくなります。
婚姻費用の分担義務(生活保持義務)について
夫婦は民法上、婚姻から生じる費用(婚姻費用)を分担する義務があるとされています。婚姻費用分担義務は相手と未成熟子に自分と同程度の生活を保障する「生活保持義務」です。
そのため、たとえ別居していたとしても、夫婦であるかぎり、原則は、収入の多い側が収入の少ない側に対して婚姻費用を支払って、生活を経済的に助ける義務があります。
婚姻費用の内訳
婚姻費用は、夫婦や未成熟子の、生活費全般を意味します。
- 衣食住にかかる費用(食費、水道光熱費、衣服代、家賃、固定資産税など)
- 子供の教育費(保育園代、学費、塾の月謝など)
- 出産費用や医療費
- 常識的な範囲での交際費・娯楽費
婚姻費用を請求できるケースとできないケース
原則、収入の少ない側は、収入の多い側に婚姻費用を請求することができます。
ですが、必ずしも全ての夫婦間で婚姻費用が請求できるとはかぎりません。
以下、婚姻費用を請求できるケースと、できないケースをそれぞれご紹介しますので、ご参考ください。
婚姻費用を請求できるケース
一般的に、収入の少ない側が、収入の多い側に対して、婚姻費用を請求できます。請求する側に非がなければ、原則として、婚姻費用の請求は認められます。
- 同居中でも、婚姻費用を支払ってくれない場合
- 相手の不貞やDVなどが原因で別居する場合
- 性格の不一致で別居する場合
- 離婚することを前提に別居する場合
- 別居していて、未成熟子を引き取り、養育している場合(この場合、収入が多い側でも請求できることがあります)
婚姻費用を請求できないケース
一般的に、婚姻費用の請求が妥当でないと考えられるケースでは、婚姻費用の請求が認められない、または、支払ってもらえる額が少なくなる可能性が高いです。
- 相手よりも収入が多い、あるいは同等の場合(未成熟子を養育している場合を除く)
- 婚姻費用の請求が、権利濫用にあたるケース
- 不貞やDVなど、夫婦関係を破綻させる原因を作った有責配偶者が、婚姻費用を請求する場合
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
婚姻費用の計算方法
婚姻費用の金額は、法律上「いくら」と固定されていないので、夫婦で話し合って、自由に決めることができます。
話し合いで決められない場合は、婚姻費用の相場を参考にしてみましょう。
婚姻費用の相場は、裁判所のホームページで公開されている「婚姻費用算定表」から、夫婦双方の収入金額や、子供の人数・年齢を基準として、算出することができます。
なお、弁護士法人ALG独自の「婚姻費用計算ツール」も公開していますので、ご活用ください。
婚姻費用の請求の流れ
婚姻費用の請求方法についてみていきましょう。
- まずは、夫婦で話し合いをします
婚姻費用の金額や支払い方法について、夫婦で話し合いましょう。話し合いで相手が婚姻費用の支払いに応じてくれた場合でも、約束が守られなかった場合に備え、合意書を、強制執行認諾条項付きの公正証書として作成しておいた方が良いでしょう。
- 話し合いで解決しなければ、「婚姻費用分担請求調停」を申し立てます
話し合いで、相手が支払いに応じてくれない場合は、家庭裁判所に調停を申し立てる方法があります。調停委員会が夫婦の間に入って話し合いが進められます。話し合いがまとまると、調停成立となって、調停調書が作成されます。
- 調停が不成立となった場合、審判に移行して、裁判所による決定が下されます
調停での話し合いがまとまらない場合は、裁判所の判断で、自動的に審判に移行します。調停での話し合いを踏まえ、裁判官が婚姻費用の金額を決定します。
婚姻費用を請求できるのはいつからいつまで?
婚姻費用の請求が可能な期間についてみていきましょう。
- いつから?
原則、婚姻費用を請求した時点からです。婚姻費用分担請求調停の申立てをした時を、請求時とすることが多いですが話し合いの段階で、内容証明郵便やメール、LINEなど、「いつ請求した」のかを、証明できればその時点を、請求時とすることも可能です。
- いつまで?
離婚成立、または、別居解消時までが一般的です。
たとえば、2月に別居を開始して、その1ヶ月後の3月に、メールで婚姻費用の請求を行ったとします。
この場合、別居開始時の2月まで遡って婚姻費用の支払いを受けることは困難であり、メールを送った3月から婚姻費用を支払ってもらうことになる可能性が高いです。
少しでも多く婚姻費用を支払ってもらいたい場合は、すぐに請求することをおすすめします。
一度決めた婚姻費用を増額・減額することは可能?
婚姻費用の金額が確定した後でも、当事者間で合意できれば、婚姻費用を増額することも、減額することも可能です。
話し合いで合意した内容は、後々「言った」「言ってない」と争いにならないよう、改めて合意書を作成しておくようにしましょう。
当事者間の話し合いで合意できない場合は、調停や審判で、婚姻費用の増額・減額を決めることができます。
この場合、婚姻費用の取り決めがなされた後に、予期しない事情の変更(収入の増減や、子供の独立などの、経済状況の大きな変動)があったと認められる必要があります。
取り決めた婚姻費用が支払われなかった場合、どうしたらいい?
調停や審判で取り決めた婚姻費用が支払われない場合、家庭裁判所に、履行勧告や履行命令を申し立てることで、裁判所から相手に、婚姻費用を支払うよう勧告・命令を行ってもらうことが可能です。
ただし、強制力がないため、相手が応じることは少ない印象です。より確実に支払ってもらうためには、強制執行を行って、相手の給料や財産を差し押さえて、強制的に婚姻費用を回収する方法があります。
とくに、差し押さえの対象が給与の場合は、借金の差押えと異なり、原則として手取り金額の2分の1までを差し押さえられるだけでなく、将来分についても同時に回収が可能なので、より有効な手段といえます。
なお、裁判所を介さず当事者間で話し合って取り決めた場合でも、強制執行認諾条項付きの公正証書で作成した合意書があれば、強制執行が可能となります。
勝手に別居した相手にも婚姻費用を支払わなければならない?
勝手に家を出ていった相手でも、相手の収入がご自身よりも少ない場合、婚姻費用は原則、支払う義務があります。
ただし、相手が家を出ていった原因によっては、支払わずにすむ、あるいは、大幅に減額できる可能性もあります。
具体的には、相手が浮気をしていて、一方的に家を出た、などのように、婚姻費用を支払う妥当性がないと判断されるケースです。
このような場合、いくら相手の収入が少ないとはいえ、自分勝手で、都合が良すぎると感じる人が多いでしょう。
このように、家を出た相手が有責配偶者だったり、権利濫用にあたる請求は、婚姻費用の請求が認められないか、大幅に減額される可能性が高くなります。
もっとも、相手が未成熟子を連れている場合、原則、未成熟子の生活に必要な部分の支払いを免れることはできません。
婚姻費用と養育費の違いは?
婚姻費用と混同されやすいものに、養育費があります。婚姻費用と養育費の違いについてみてみましょう。
- 婚姻費用
婚姻関係にある夫婦が分担する、夫婦や未成熟子の生活費全般(養育費を含む)結婚してから、離婚するまで支払われます
- 養育費
離婚後に、未成熟子を養育する親に対して支払われる、子供のための生活費(元配偶者の生活費は含まず)一般的に、離婚してから、子供が経済的に自立するまで支払われます
離婚調停と婚姻費用分担請求の関係
婚姻費用分担請求調停と離婚調停をあわせて申し立てることがあります。
ここでは、婚姻費用分担請求調停と共に離婚調停を申し立てることのメリットとデメリットをご紹介します。
ご説明するメリットとデメリットが当てはまるかどうかは、事案によって異なります。実際にどのように進めるか決めるにあたっては、弁護士に相談するなど、慎重に検討しましょう。
- 両方申立てるメリット
同じ期日に、並行して調停が行われ、同じ委員と裁判官が対応を行うため、同じことを説明する回数が減ります。
調停が長期化すると、婚姻費用を支払う側の金銭的な負担が大きくなるため、離婚に応じてもらいやすくなります。
- 同時に行うデメリット
離婚調停が早期に成立すると、それ以降の婚姻費用の請求ができなくなります
婚姻費用の調停に時間がかかった場合、離婚の成立が遅くなる可能性があります
なお、原則、裁判所が婚姻費用の請求を優先して審理してくれるため、「離婚の話ばかりして婚姻費用が決まらない」というリスクは低いです
婚姻費用の様々なご相談は経験豊富な弁護士へお任せください
夫婦のうち収入の少ない方が生活する上で、婚姻費用は、重要な生活費となります。
ですが、夫婦仲が良好でないと、婚姻費用を支払ってもらうよう相談することすら困難な場合もあります。そんなときは、ぜひ一度弁護士に相談してみてください。
婚姻費用を請求するタイミング、適切な請求金額、支払ってもらえる可能性が上がるような対策について、知識と経験をもってアドバイスいたします。
離婚したい気持ちはあるけど少し距離を置いて考えたい、といったケースでも、まず婚姻費用を支払ってもらって生活を安定させることが役に立つことは多いでしょう。
離婚問題について経験豊富な弁護士が味方となって、不安や悩みが解決するように、力をつくします。
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保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)