
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
賃金を支払うことは会社と従業員の約束事です。しかし、会社の経営事情や従業員の勤務態度などを理由に、賃金を減額せざるを得ない場合もあります。
ですが、賃金は従業員の生活を支えるものであるため、会社が勝手に減額することは原則として認められません。
強引に賃金減額を行えば、違法行為と判断される可能性もありますので、慎重な対応が必要です。
本稿では賃金減額の注意点について解説していきますので、減額を検討する際にご参考としてください。
Contents
賃金の減額はどのような時に行われるのか?
賃金の減額を合理的な理由無く会社が強行することは許されません。しかし、減額しなければいけない事情が発生することもあるでしょう。賃金の減額が行われる代表例としては、以下のようなケースが挙げられます。
- 会社都合による減額
- 人事異動や人事評価による減額
- 懲戒処分としての減給
- 欠勤・遅刻・早退などの欠勤控除について
以降で詳しく説明していきます。
会社都合による減額
会社都合による減額は、業績悪化等の理由により、賃金の減額を行うケースです。経営改善の1つとして人件費削減を行う際に選択されることが多いでしょう。会社存続のためであれば致し方ないと思われるかもしれませんが、この場合も適切な手順を踏まなければ違法となり得ます。
また、賃金制度の改定など社内の制度変更の結果として、給与の減額となるケースも、会社都合による減額に含まれます。
人事異動や人事評価による減額
部署異動による業務変更や職位の変更によって減額となるケースです。例えば、営業職から事務職へ業務変更となった場合には、営業手当がなくなる等の結果、賃金が減額となることがあります。
また、人事評価制度が導入されている会社であれば、評価内容によっては降格となり、賃金が減額してしまうケースがあります。これらの人事権は会社の重大な権限ですが、その権利行使が合理的なものでなければ権利濫用となるおそれがあります。
懲戒処分としての減給
懲戒処分の類型は会社によって異なりますが、主な懲戒処分の1つに減給処分があります。減給処分は通常支払われる賃金の一部を差し引く制裁措置ですが、法律で上限額が設定されているため、その範囲内で行う必要があります。
また、一時的な措置であるため、減額された給与へ変更となるわけではありません。処分が完了した後はもとの待遇に戻ることになります。
欠勤・遅刻・早退などの欠勤控除について
欠勤・遅刻・早退について、その時間分の賃金を減額することを欠勤控除といいます。この賃金減額については、ノーワーク・ノーペイの原則に基づく対応ですので、就業規則等に規定されていなくても行えます。
ただし、時間分に相当する金額の控除が認められているだけですので、「遅刻1回につき〇〇円」といったペナルティ的な控除は、欠勤控除とは認められません。
賃金を減額する際の注意点
賃金を減額する理由は様々ですが、減額を実施する際にはどのような点に注意が必要でしょうか。賃金減額を適法に行うためには、合理的な理由があることと正しい手続きに沿って行うことが求められます。
もし、会社が一方的に減額を決定してしまえば、従業員の権利を侵害することにも繋がりかねません。違法な不利益変更とならないためにも、以降の注意点を踏まえて行いましょう。
使用者による一方的な賃金の減額は認められない
原則として、会社からの一方的な賃金減額は認められていません。賃金額などの条件は、従業員と会社が締結した労働契約で決定されていますので、会社が勝手に条件変更することは契約違反となります。
また、労働条件の不利益変更は、従業員との合意等がない場合はできないことが労働契約法9条に定められています。賃金の減額は経営状態の悪化等のやむを得ない事情があったとしても、会社が一方的に行うことは違法となることを十分理解しておきましょう。
労働者の自由意思に基づく同意とは?
労働契約法9条によれば、賃金の減額等の労働条件変更については、従業員の合意を得ていれば適法に変更することができるとされています。では、この従業員との合意はどのように得るべきでしょうか。
たんに書面にサインしてもらえばいいというわけではなく、減額の必要性や内容をしっかりと説明し、納得した上で合意を得ることが必要となります。もし、裁判となればこの合意が従業員の自由意思に基づくものであったのかが、慎重に判断されることになります。従業員が十分に理解し、納得の上で合意してもらうプロセスが重要となります。
就業規則の不利益変更には要件がある
従業員の同意が得られない場合でも、就業規則の変更によって労働条件変更を行うことが可能な場合もあります。ただし、賃金の減額は従業員にとって不利益な変更にあたるため、適切と認められるためには要件があります。
就業規則の不利益変更を行うには、その変更内容に高度の合理性があり、従業員へ周知されていることが必要です。もし、合理性がないなど変更が不適切であれば無効となり、従前の賃金条件での支払いを求められることになります。
不利益変更における合理性の判断基準とは?
不利益変更が合理的と判断される基準として、労働契約法10条に以下の要素が定められています。
- 労働者の受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の状況
- その他の就業規則の変更に係わる事情
これらの基準を総合判断して、不利益変更を行うことに合理性があるのかを判断されることになります。
減給処分で減給できる額には限度がある(労働基準法91条)
減給処分に関する法令上の制限は以下のように定められています(労基法第91条)。
- 減給処分は1回の額が平均賃金1日分の半額を超えてはならない
- 総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない
もし、減給処分を一賃金支払期に2回以上行う場合には、総額にも上限設定があることに注意しましょう。もし、減給処分が多数回発生し、この上限値を超える場合には、その超えた部分について翌月分の給与から控除することは認められています。
限度額の規制が適用されないケースとは?
減給制裁の限度額の規制は労働基準法に基づきます。そのため、労働基準法が適用されない公務員の場合には、この規制が適用されません。公務員の場合には人事院規則が適用されますので、「一年以下の期間、月額の5分の1以下」という制限が適用されます。
なお、雇用契約ではなく、業務委託契約の場合には、労使関係にあたらないので労働基準法が適用されません。とはいえ、もし、通常の相場に比べて著しく低い報酬となった場合には、2024年11月施行のフリーランス保護新法に抵触する可能性があります。
減給処分ができる期間にも注意が必要
減給処分は1回につき、平均賃金1日分の半額以内とされています。これは、1つの事案について平均賃金1日分の半額以内を繰り返し行えるというわけではありません。一度処分の対象となった事案については、繰り返し処分することはできませんので、注意しましょう。
ただし、一事案のカウントの仕方については、行為ごとに処罰することが可能です。例えば、横領を繰り返し10回行った場合には、減給処分を1回限りとする必要はなく、行った回数分(10回)処分することは法律上問題ありません。
賃金の減額が「人事権の濫用」にあたる場合は無効
降格人事や人事評価の低下による賃金の減額は、従業員の合意を必要としないため、会社の判断によって実行することができます。ただし、制度として正しく導入され、その判断基準が客観的にみて合理的でなければ「人事権の濫用」にあたり、賃金減額は無効となり得ます。
降格人事や人事評価によって賃金減額を行う場合には、まず、就業規則に根拠となる規定が設けられているか、運用が適切に行われているのかを確認しましょう。運用等に不安がある場合には弁護士へ相談することをおすすめします。
賃金の減額による労使トラブルを防ぐための対策
賃金減額は生活に大きく影響することがあるため、トラブルに発展しやすいといえます。もし、賃金減額が無効とされれば、従前の待遇が適用されるため、会社は未払い賃金の支払いが必要となります。
もし、複数の従業員に長期間に亘って賃金減額を不適切に行っていた場合には、金銭的負担も大きなものとなります。賃金減額によるトラブルを防止する対策としては、以下のようなポイントが挙げられます。
- 従業員に対して十分な説明を行う
- 代償となる措置を講じる
- 賃金減額に関する証拠は書面で残しておく
以降で1つずつ解説していきます。
従業員に対して十分な説明を行う
賃金減額の内容だけでなく、その必要性や会社の事情などを従業員に十分に説明して、納得を得るようにしましょう。会社から賃金減額の申し入れを行い、従業員が異議を述べなかったというだけでは合意の成立とはいえません。
また、説明は一度行えば十分とはいえない場合もあります。説明後、従業員が同意について検討する期間を設け、求めがあれば再度説明を行うなどの対応が望ましいといえます。後から従業員が「真意による合意ではなかった」などの理由をつけて、同意を取り消すといった主張を行ってくるような事態を避けるためにも、丁寧な対応が大切です。
代償となる措置を講じる
賃金減額という負担を従業員に強いる以上、会社としても代償措置を検討すべきでしょう。どのような措置を講じるのかは会社の事情によって様々ですが、主な措置として以下のような対応があります。
- 労働時間の短縮
- 年次有給休暇等の日数の増加
- 激変緩和措置としての調整給の支給 など
賃金減額に関する証拠は書面で残しておく
賃金の減額は労使トラブルに発展しやすい事案です。賃金減額に至る経緯はできるだけ書面で残しておくようにしましょう。万が一、訴訟トラブルとなった場合には、会社側の対応を客観的に示す証拠として活用することができます。
従業員との合意書面はもちろんですが、減額が必要となった業績悪化等のエビデンス、説明に使用した資料や、説明回数、日時等についても記録に残しておきましょう。
賃金の減額に関する裁判例
賃金の減額という不利益変更について、従業員の黙示の同意を得られたかどうかの判断はどのような事情を考慮して行われるのでしょうか。黙示の合意が認定されず、賃金減額が無効となったNEXX事件をご紹介します。
事件の概要(平成21年(ワ)第46537号・平成24年2月27日・東京地方裁判所・第一審)
システム開発と販売を行うY社に勤務するXは、製品マーケティング・マネージャーとして業務に従事していました。Y社は業績が低迷しており、全従業員に対し、減給措置と人事評価についての説明会を実施しました。
説明会では会社の売上が良くないこと等が説明され、Xの給与は20%減額となりました。その後Xは、減額した賃金を約3年間にわたり受領していましたが、Y社からの解雇をきっかけに、賃金の減額は合意のない違法な対応であるとしてY社を訴えました。
裁判所の判断
本事案では、給与減額の際に説明会を開いています。その内容について裁判所は、売上等が低迷し、業績に応じた給与水準を設けたいといった説明はあるものの、内容が抽象的だと判断しています。
また、財務諸表等の客観的資料の提示がなく、適用対象者に対して理解を求める説明とはいえない、つまり、説明不足だと判断。また、減額幅が20%減と非常に大幅なものであるにもかかわらず、激変緩和措置や代替的な労働条件の改善策が盛り込まれていない点についても、問題としました。
さらに、減額の対象者が管理部長以外、Xを含めた正社員2名だけである点からも、当時のXは反対の声をあげることが困難な状況であったと認定しました。以上の点から、Xが賃金減額による不利益変更を真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえないとして、賃金減額は無効と判断されました。
ポイント・解説
労働条件の変更は、一般的に労使間の合意による変更が認められており、この合意は明示・黙示のいずれであっても有効とされています。しかし、賃金は労働契約の最も基本的な要素の1つです。
その引き下げに関しては、真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされています。本事案では、Xは異議を述べず、3年間、減額後の給与を受領し続けていましたが、裁判所は、この事実をもって黙示の同意があったとはいえないと判示しています。
賃金の減額を行う際には、客観的に従業員が納得して合意したといえるだけの対応を行うことが大切です。
賃金の減額によるトラブルを防ぐために、弁護士がアドバイスいたします。
どれほど必要があっても、賃金の減額が従業員にとって大きな不利益であることに変わりはありません。そのため、減額を行う場合にはできる限り従業員に配慮し、説明を尽くすことが求められるでしょう。
ただし、賃金減額の方法によっては配慮だけでなく、規程などが整備されていなければ認められないケースもあります。賃金減額の方法によって法的に正しい対応は異なりますので、労務に詳しい弁護士へ相談することが最良の方法といえるでしょう。
弁護士法人ALGでは、労務問題に精通した弁護士が在籍していますので、貴社の事情に応じた柔軟な対応が可能です。減額を行うための規程整備や説明の方法など事前対応から、トラブルに発展した場合まで幅広い対応が可能です。賃金についてお悩みがあれば、まずはお気軽にご相談下さい。
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保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)
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- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)