監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
個別労働紛争の解決方法のひとつに、「労働審判」があります。
労働審判は平成18年に始まった制度で、労働者と会社のトラブルを迅速に解決することを目的としています。
会社にもさまざまなメリットがありますが、スピードや専門知識が求められるため、あらかじめ制度について把握しておくことが重要です。
本記事では、個別労働紛争における労働審判の概要、メリットやデメリット、手続きの流れなどを詳しく解説していきます。ぜひご覧ください。
Contents
個別労働紛争とは
個別労働紛争とは、労働者と会社の間で発生する労働トラブルのことです。
争点としては、賃金や解雇などの「労働条件」、いじめなどの「職場環境」、貸与物の破損に関する「損害賠償請求」、その他「労働契約違反」などがあります(具体例は後ほど紹介します)。
これらの紛争は、当事者間の話し合いで解決するのが最善です。
しかし、お互いが主張を譲らない場合や、一向に合意に至らない場合、労働審判など裁判所の手続きを利用するのもひとつの方法といえます。
労働審判とは
労働審判とは、個別労働紛争を“迅速”かつ“手軽”に解決することを目的とした裁判所の制度です。特徴は、以下の4点です。
- ・原則3回以内の期日で終結する
- ・裁判官と専門家で構成された「労働審判委員会」が当事者の間に入り、進行する
- ・まずは調停(話し合い)での解決を試みる
- ・調停が不成立となった場合、労働審判委員会が判断(審判)を下す
なお、労働審判が生まれた背景には、個別労働紛争における泣き寝入りの多さが挙げられます。
「調停は不成立だが、裁判をすると費用倒れになる」という労働者を救済するため、「労働審判」という柔軟性の高い制度が設けられました。
対象となる事件
労働審判の対象となるのは、「個々の労働者」と「会社」の間で生じた紛争です。
具体例は以下のとおりです。
- ・解雇
- ・懲戒処分
- ・賃金の引下げ
- ・配置転換
- ・福利厚生の廃止
- ・未払い賃金、残業代
- ・退職金の支払い
- ・過重労働
- ・退職強要
- ・ハラスメント対応
対象とならない事件
以下のような事件は、労働審判の対象外となります。
- ・労働組合との紛争
- ・パワハラ加害者など、会社ではなく“個人”を相手方とする紛争
- ・金銭の貸し借りなど、労働問題以外の紛争
また、整理解雇や労働条件の不利益変更など、規模が大きな紛争は労働審判には不向きといえます。
また、証人尋問が必要な事件も、短期間での対応は難しいため労働審判には適しません。
労働審判のメリット
- ・早期の解決が見込める
期日は「原則3回以内」なので、短期間での解決が可能です。実際に、令和4年までに解決した事件のうち70%近くが3ヶ月以内に終結しています。 - ・柔軟に和解できる
裁判の判決と異なり、和解案は当事者の合意で作成できます。
例えば、「紛争について口外を禁止する」旨を盛り込めば、会社のイメージダウンを抑えられる可能性があります。 - ・付加金を支払わなくてよい
裁判では、制裁として「付加金」の支払いを命じられることがありますが、労働審判では命じられません。そのため、会社の負担を減らすことが可能です。
労働審判のデメリット
- ・裁判に移行する可能性がある
労働審判に対して異議申立てが行われると、自動的に裁判に移行します。
その結果、かえって解決まで時間がかかってしまう事態も起こり得ます。 - ・相手方と対面する必要がある
第1回の期日には、労働者本人も出席するのが一般的です。
トラブルの最中、相手方と顔を合わせることにストレスを感じることもあるでしょう。 - ・判断が大まかになりやすい
労働審判は期日が少ないため、証人尋問や綿密な証拠調べなどは基本的に行われません。
そのため、判断の根拠が曖昧にあるおそれがあります。
労働審判手続きの流れ
労働審判は、以下の流れで進むのが基本です。
- 労働審判の申立て
- 第1回期日までの準備
- 期日における審理(第1回~第3回)
- 調停の試み
- 労働審判の言い渡し
- 異議申立て
それぞれ詳しく解説していきます。
労働審判の申立て
労働審判を申し立てる際は、管轄の地方裁判所に以下の書類などを提出します。
- ・申立書
- ・証拠書類と証拠説明書
- ・資格証明書
- ・郵便切手
- ・申立手数料
「申立書」には、申立ての理由や経緯、こちらの主張なども記載します。
また、紛争の内容に応じて、雇用契約書や給与明細、タイムカードの記録などの証拠も一緒に提出します。
なお、「申立手数料」は裁判所によって異なりますが、例として、「請求額が100万円なら手数料5000円、1000万円なら2万5000円」のように設定されています。
答弁書における争点整理
答弁書とは、第1回期日までに会社側の主張や反論を伝えるための書類です。
労働審判委員会も期日前に目を通すため、非常に重要な書類といえます。
答弁書に記載するのは、以下のような項目です。
- ・申立書の内容に対する認否や答弁
- ・答弁の理由や根拠
- ・予想される争点に関する証拠
- ・労働者との交渉の経緯 など
ただし、答弁書の作成は非常に複雑なため、一度弁護士に相談することをおすすめします。
第1回期日までの準備
第1回期日は、申立てから40日以内に設定されるのが基本です。
期日までに、以下の準備を整えておきましょう。
- ・答弁書の作成(期日の1週間~10日前までに返送)
- ・証拠の収集
- ・想定される尋問に対する回答の準備
- ・和解案の検討
準備期間も短いため、常にスピーディーな対応を心がけましょう。
期日における審理(第1回~第3回)
第1回期日では、労働審判委員会が争点を整理し、当事者双方の主張を聴取しながら審理を行います。
聴取が終わると、当事者それぞれに「調停案」が提示され、和解が促されます。
1回目で合意できなければ、第2回、第3回期日が行われます。
開催時期は、それぞれ前回の期日から2週間前後に設定されるのが一般的です。
2回目以降は、提示された和解案に対する双方の意見を確認し、合意点を探るのが主な流れです。
なお、時間は30分~1時間程度と短いため、あらかじめ意見をまとめておくことが重要です。
利害関係人の参加の可否
労働審判の利害関係者は、労働審判委員会の許可を得れば、労働審判手続きに参加することができます。
また、労働審判委員会の判断により、利害関係人を手続きに強制参加させることもあります。
例えば、ハラスメント対策をめぐる労働審判では、「ハラスメント加害者本人」が利害関係人として出席するケースが考えられます。
加害者本人が出席することで、有力な証言を得られるだけでなく、お互いの関係性も調停によって回復できる可能性があります。
複雑事件における審判手続きの終了
「争点が多い」「大量の証拠調べが必要」「関係者が多い」といった複雑な事件は、短期解決を目的とした労働審判には適しません。
この場合、労働審判委員会の判断によって、審判を出さずに自動的に訴訟手続きへ移行させることがあります(24条終了)。
この24条終了がなされると、労働審判の申立てがあった時点で訴訟が提起されたものとみなされます。
ただし、複雑な事件でも、当事者に和解の見込みがあれば、調停による解決を目指すのが一般的です。
調停の試み
証拠調べなどが終了すると、「調停の試み」が行われます。
実際の手続きでは、まず労働審判委員会が当事者双方から意見を聞き、和解の見込みがあるか検討します。
和解の見込みがあると判断した場合、相応の調停案を提示し、合意を促します。
また、調停の試みは証拠調べと併せて「第1回期日」で行われるケースが多くなっています。
なお、調停成立後に作成される「調書」には、「裁判上の和解」と同じ効力があります。
従わなければ強制執行されるおそれもあるため、取り決めた内容は必ず守るようにしましょう。
労働審判の言い渡し
調停が不成立となった場合、労働審判委員会が「審判」を下します。
イメージとしては、裁判における判決と同じようなものです。
一定期間内に当事者から異議申立てがない場合、審判が確定して事件終了となります。
審判の内容と効力
審判の内容は、証拠や認定された事実、当事者の主張などさまざまな要素を考慮して判断されます。
例えば、「会社は労働者へ金○○円を支払え」など、判決と同じように言い渡されるのが一般的です。
もっとも、実際は提示された調停案とほぼ同じ内容の審判が下されることも多くなっています。
審判が確定すると、「裁判上の和解」と同じ効力をもちます。
従わずにいると、労働者に強制執行の手続きをとられる可能性もあるため注意しましょう。
異議申し立て
審判の内容に不服がある場合、当事者は「審判の告知日から2週間以内」に異議申立てを行うことができます。
異議申立てがなされると、審判は効力を失い、自動的に訴訟手続きに移行します。
これに伴い、申立人は、裁判所へ「訴状に代わる準備書面」を提出する必要があります。
準備書面には、労働審判における会社の対応や、審判手続き外での交渉の経過、審判手続き中の出来事などを記載します。
訴訟に移行しても、労働審判の内容は引き継がれないため、必要事項は準備書面にしっかり記載しましょう。
また、証拠や資料の提出も改めて必要となります。
労働審判手続きの費用
労働審判で発生する費用には、以下のようなものがあります。
- ・手数料と切手代
労働審判を申し立てる際、裁判所に納める費用です。
金額は裁判所によって異なりますが、例えば「請求額が200万円なら7500円、500万円なら1万5000円」といった具合です。 - ・弁護士費用
相談料、着手金、成功報酬などがかかるのが一般的です。
成功報酬は、「経済的利益の〇%」などと設定されることが多く、獲得金額(申立てた側の場合)や減額できた金額(申立てられた側の場合)に応じて弁護士費用も増える傾向があります。 - ・解雇期間中の賃金
不当解雇について争いがあるケースでは、解雇の無効が認められると、労働者へ解雇期間中の賃金を支払うよう命じられる可能性があります。 - ・解決金
和解で終了する場合、円満に解決する目的で相手に一定の「解決金」を支払うことがあります。
解決金の金額は、「会社側の経営状況」や「相手が獲得する利益」などを考慮して決めるのが一般的です。
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