労務

【2024年4月】運送業に対する時間外労働の上限規制(年960時間)が適用

札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈

監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士

2024年4月より運送業についても時間外労働の上限規制が適用されることになりました。

以前より、自動車運転者は他の職業と比べ、労働時間が長くなる傾向にあり、過労による労災件数も多いため、長時間労働の是正が課題となっていました。健康に働く上で長時間労働の防止は重要ですが、事業主としては人手不足の問題と相まって頭の痛い話でしょう。

しかし、業界特有の性質だから長時間労働になるのは仕方ないと対応を放置すれば、益々人材の確保が難しくなり、経営にも大きな影を落としかねません。

本稿では、2024年問題といわれる運送業の時間外労働条件規制について対策と共に解説していきますので、対応に苦慮されている事業主様は是非ご参考下さい。

2024年4月から運送業の時間外労働は年960時間が上限に!

2024年4月より、運送業の時間外労働は、原則、月45時間以内、年360時間以内となっています。臨時的な事由による残業であっても、年960時間以内が上限値となります。

また、行政処分の対象となる改善基準告示も以下の通りに改定されました。

1日の拘束時間 13時間を超えないことを原則とし、最大でも15時間
1年・1月の拘束時間 年3300時間以内、月284時間以内
1日の休息期間 11時間以上を基本とし、9時間を下回らない
運転時間 2日平均1日9時間以内

運送業における労働時間の現状

時間外労働の上限規制が適用される前の運送業界の年間労働時間は、おおよそ2500時間前後で推移しています。対して全産業平均は、2100時間前後で推移しています。
運送業界の労働時間は全産業平均と比較すると、約1~2割長いことがわかります。

臨時的な事情による年間の上限が、一般企業が年720時間であるのに対し、運送業では960時間と緩和されているものの、現状では、労働時間を上限規制内におさめることは必ずしも容易ではないでしょう。

国土交通省の実態調査によると一運行辺りの荷待ち時間の平均が1時間30分超となっています。このような待機時間の改善や、荷主へ協力を仰ぐなどの対策が必要となる企業も多いと考えられます。

年間960時間の上限に違反した場合の罰則

労働時間の上限規制に違反した場合、労働基準法違反として「6ヶ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金」が科される可能性があります(労基法第119条1項)。

ただし、上限を超えれば、必ずしも、即座に全件で罰則が適用されるというわけではありません。
一般的には、違反状態を是正しなかったり、行政からの指導に従わないなど、態様に悪質性がみられた場合に適用されることが多いでしょう。

労働基準法違反によって書類送検されるケースなどもあります。この場合にはメディアに取り上げられるなど、社名が公表されることによって企業イメージを損なうおそれがあります。
また、副次的なトラブルとして長時間労働に対する未払い賃金問題が浮上するケースもあります。

2024年問題とは?上限規制が運送業界へ与える影響

2024年問題として、時間外労働の上限規制が行われることにより、運送業界には以下のような影響があると懸念されています。

  • 物流・運送会社の利益減少
  • ドライバーの減収・離職
  • 荷主の支払運賃の上昇

以降で詳しく解説していきます。

物流・運送会社の利益減少

ドライバーの労働時間を減らすことにより、会社全体としての受入れ業務量が減少し、利益低下に繋がることが予想されます。軽油価格の高騰による燃料コストの増加を運賃に転嫁できなければ、さらに利益減少幅は大きくなることでしょう。

時間外の上限規制によってドライバーの稼働時間が大きく変わるのであれば、利益へどの程度影響があるのか確認した上で、経営上の対策を検討する必要があるでしょう。

ドライバーの減収・離職

時間外労働が減少すれば、その分ドライバーの給与も減額となることが一般的です。

上限規制の前後で労働時間が大幅に変わる場合には、ドライバーの月収にも大きな影響があるでしょう。生活設計に影響するほどの減収になれば、離職せざるを得ない従業員も出てきます。

会社としては労働時間が減った分、給与が減額するのは当然ともいえますが、離職によって新たに人材を確保し、教育するコストも考えれば、在籍しているベテランドライバーの待遇見直しも検討したほうがよいでしょう。

荷主の支払運賃の上昇

2024年問題による利益減少が顕著であれば、事業存続のためにも、荷主企業に対して支払運賃の値上げ交渉をする必要も出てきます。

荷主側の物流全般の見直しやコスト圧縮により、運賃水準は低迷していましたが、2024年問題を踏まえ、国土交通省より「標準的な運賃」が改正され告知されました。
この改正により運賃水準が8%引上げられました。

また、公正取引委員会が「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を発表しており、荷主企業と運送事業者が適正な運賃を設定するために、運送事業者から労務費の価格への転嫁を求められたら、荷主企業も、真摯な姿勢で協議に臨むことが求められています。

運送業者が取り組むべき対策

時間外労働に上限値が設定され、さらに拘束時間の基準も厳しくなったことで、従来の体制ではこれらの基準をクリアできない企業も少なくないと考えられます。

打開策としては、労務管理や人材育成の体制を見直すことで、人材の定着をはかり、業務の効率化、生産性向上を目指す必要があるでしょう。さらには荷主企業との協議も経営上必要な対策といえます。

以降で、具体的な方法を解説していきます。

勤怠管理の強化

時間外労働の上限規制を遵守するためには、労働時間を正確に記録することが前提となります。勤怠管理を適切に行わなければ、現状の問題を正しく把握することができません。

勤怠管理を強化することによって、不必要な時間外労働が浮き彫りになるなどのメリットも期待できます。勤怠管理システムを導入することも、勤怠管理業務の負担軽減に繋がります。

その場合には、デジタルタコグラフなどと連携できるなど、運送業界に適したシステムを検討するとよいでしょう。

労働環境・条件の改善

運送業界では、他業種に比べ、労働時間や拘束時間が長い、早朝・深夜業務の多さ、土日休みがないといった労働環境が多いでしょう。

法改正をうけ、このような労働環境は運送業界では当たり前だから、と放置していてはベテラン従業員の離職等、会社に大きなダメージが発生するおそれがあります。
離職が増えれば更に労働環境が悪化し、離職がさらに加速するという負のスパイラルを引き起こす可能性もはらんでいます。

路線変更の検討はもちろん、早朝・深夜・休日業務に手当をつけるなどの優遇措置を行い、土日に働きたい人材を確保するなど労働環境の改善に取り組むことが重要です。法改正をうまく活用することで新たに優秀な人材を確保できる体制作りができれば、強い組織作りに繋がるでしょう。

現在の労働環境・条件の改善を検討し、従業員が長く働きたいと思える労働条件を模索してみてはいかがでしょうか。

労働生産性の向上

長時間労働を当たり前とせず、労働生産性の向上をはかることができれば、現在の人員でも法改正後の労働時間に対応できる可能性もあります。

残業時間や荷待ち時間等の記録をとり、現状を正確に把握し、問題点を抽出することから始めましょう。残業の原因を抽出できれば、労働時間短縮に繋がる取組を検討し、実施することができます。

さらに実施結果を検証し、改善を続けるPDCAサイクルを実現できれば、労働生産性の向上は不可能ではないでしょう。

長時間労働がなくなれば、交通事故の削減にも繋がります。交通事故の件数が減れば、会社の損失を抑えることができ、その分を人件費に転嫁することもできます。

専門家のアドバイスも踏まえて労働生産性向上の計画を策定するとよいでしょう。

ITを活用した業務効率化

運送業界に適したIT技術は日々進化しています。在庫管理や最適な配車計画をITシステムによって行うことができれば、業務を効率化させることができるでしょう。

管理や配車計画を従業員が行っている場合には、判断が属人的となっており、非効率となっていることもあります。客観的なデータに基づき、都度、最適な状態を選択することができれば、管理側の負担軽減にもなり、ドライバーだけでなく会社全体の業務効率化に繋がります。

人材の確保・育成

法改正を意識した業務体制を実現させるには、人材の確保と育成が欠かせません。

もし、人材が不足し、募集をかけても応募がないのであれば、労働条件の内容を見直しましょう。手当の支給やワークライフバランスの実現など会社として提示できる範囲での見直しが必要です。

また、業務効率化の重要性や改善基準告示など行政処分に直結する重要法令を意識してもらうなど、従業員への教育・指導が重要となります。
従業員が必要な知識を習得し、協力と理解が得られれば、業務の効率化は一段と進むでしょう。

運送業に適用されるその他の働き方改革

働き方改革で気をつけておくべき制度は、時間外労働の上限規制だけではありません。同一労働・同一賃金や月60時間超の時間外労働に対する賃金の割増率の引上げについても対応が必要です。
これらの対応を適切に行うことは企業イメージを向上させ、優秀な人材を獲得することにも繋がります。

それぞれについて解説していきます。

同一労働・同一賃金の導入

同一労働・同一賃金は雇用形態によらず、同じ仕事に対しては同じ対価を支払うといった制度です。
一見同じ仕事をしているように見えても、責任の程度が違うといった事情があれば、待遇差に合理性が認められます。

この同一労働・同一賃金に関しては運送業者を当事者とする複数の最高裁判決が出ています。これは、無事故手当や皆勤手当等、様々な手当が存在しているという業界事情も影響していると思われます。
最高裁判決では、有期雇用と正社員での手当や賞与、退職金などに差異を設けることは違法と判断されました。

また、嘱託社員と正社員の待遇差についても賃金格差が不合理であると判断されています。
ドライバーの高齢化が進んでいる現状を鑑みれば、特に後者の判例は今後も運送業界に大きく影響する可能性があります。

同一労働・同一賃金への対応が完了していない場合には、弁護士に相談した上で、賃金制度等の見直しを行うとよいでしょう。

月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引上げ

2023年4月より、業種にかかわらず月60時間超の時間外労働に対する割増賃金が5割以上となりました。長時間労働が常態化する傾向にある運送業においては、人件費の増加に直結しやすく、経営にも少なからず影響を及ぼすことでしょう。

しかし、このような賃金引上げに関する法改正は、労働者にとっては重要な問題であり、情報を敏感にキャッチしていると思われます。
一見、経営を圧迫するように思われても、適切に対応することで従業員の会社への信頼感が強まり、結果として定着率の向上に繋がることも期待できます。

ただし、分別無くとにかく支払えばいいという対応はおすすめできません。
業務のムダをなくした上で、勤怠管理を正しく行い、月60時間超の時間外労働を正確に算出できる体制を整えておくべきでしょう。

働き方改革への対応でお困りの際は、労務問題を得意とする弁護士にご相談下さい。

運送業界への2024年問題は大きな課題として未だ対策が完了していない事業主も多いことでしょう。
また、昨今の人手不足問題や原油価格の高騰など、経営における課題は種々様々でどの企業にも発生しているかと思います。

働き方改革への対応やそれに付随する法的問題についてお悩みがあれば、労務問題を得意とする弁護士へご相談下さい。
弁護士法人ALGでは、労務を専門とする弁護士が全国展開で対応しておりますので、どの地域の企業様であってもスピーディーに対応しております。

日々、多くの企業様の事案に取り組んでいる専門性の高い弁護士だからこそ、それぞれの事情に応じた柔軟なリーガルサポートが可能です。
働き方改革や労務についてお困りごとがあれば、まずはお気軽にお問い合わせください。

札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈
監修:弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長
保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)
札幌弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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