
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
- 問題社員の解雇・雇い止め
会社が従業員を雇う目的は、会社が指示する業務を誠実に遂行してもらうためといえます。では、その業務命令に従わない従業員に対して、会社はどのような対応をとるべきでしょうか?
業務命令に従わないのであれば解雇してもよいのでは、と思われるかもしれません。しかし、解雇はトラブルになりやすく、司法の場でも厳しい判断がされているため、最終手段として考えるべきです。
しかし、業務命令に従わないといった問題行動には、組織として規律ある対応をとる必要があります。おざなりな対応に留めてしまうと、社内秩序にも影響しかねません。
本稿では業務命令に従わない労働者への処分について解説していきます。
Contents
業務命令に従わない労働者への処分はどうするべきか?
業務命令に従わない従業員に対して、会社がまず行うべきは注意と指導です。
業務命令を遂行できていない背景に、何らかの問題が隠れている可能性もありますので、まずは、業務命令に従わない理由を確認しましょう。
もし、社内環境や教育システムに問題があるのであれば、その改善をはかる必要があります。
しかし、原因が従業員個人の資質や働く姿勢にある場合には、しっかりと注意したうえで改めて指導することが大切です。注意と指導を繰り返しても改善されない場合に、懲戒処分を検討することになります。
労働者が負う「誠実労働義務」とは
労働契約を締結することにより、会社は従業員に対して、安全配慮義務等を負うことになります。従業員もまた、労働契約によって会社に対する誠実労働義務を負います。
誠実労働義務とは、契約に定めた労働内容を、会社の指示に従い誠実に遂行する義務をいいます。つまり、労働契約内の合理的な業務命令に従わないことは、この誠実労働義務に違反しているといえます。
業務命令に従わないことを理由に解雇はできるか?
業務命令に従わないことは、上記の誠実労働義務違反にあたり、会社との信頼関係を破壊させる可能性のある行為です。会社は、誠実労働義務違反の程度によっては解雇も可能ですが、解雇をするためには、社会通念上相当であるといえる理由が必要となります。
解雇を選択しても致し方ないといえるほどの問題行動でなければ、司法の場では解雇無効と判断されるおそれもあるので、安易な選択は会社にとって大きなリスクになり得ます。
解雇を検討する際には弁護士へ相談し、法的アドバイスを受けるべきでしょう。
懲戒解雇の有効性が争われた裁判例
業務命令に従わないことを理由とする懲戒解雇は、どのような状況であれば有効と判断されるでしょうか。懲戒解雇の有効性について争われた日本電産トーソク事件をご紹介します。
事件の概要
精密測定機器の製造と販売を行うY社に勤務するXは営業職として入社しました。しかし、他の職員とのトラブルが多発したため、部署異動を何度も行いましたが改善されず、上司からの指示を無視し、注意指導すれば大声で叫んで反抗するなどを繰り返しました。
Y社はXへ再度チャンスを与えるため、人事総務部へ異動させ、少しずつ仕事を増やせるよう配慮しましたが、Xは自身の要求を通すために自傷行為を行い、警察の介入無しには話し合いができない状況に至りました。警察の介入後も、Xには反省の様子がなかったため、これまでの経緯を踏まえ、Y社はXを懲戒解雇としました。また、予備的に普通解雇についても理由書をXへ送付しました。
Xは懲戒解雇および普通解雇はいずれも不当な処分であるとしてY社を訴えました。
裁判所の判断(平成30年(ワ)第2057号・令和2年2月19日・東京地方裁判所・第一審)
Xの一連の行為について、裁判所は、Y社の就業規則に規定する懲戒事由「職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱すとき」に該当することは明らかとしました。また、その態様も危険で悪質といえるとし、種々の問題行動を繰り返していた点も踏まえれば、相当に重い処分が妥当するともいえるとしました。
しかし、自傷行為の未遂はあったものの、実際に傷害は発生しておらず、また真摯な姿勢で業務に従事していた時期もあることや、以前に懲戒処分歴がなかったなどの事情も勘案すれば、1度目の懲戒処分で直ちに懲戒解雇とするには、やや重きに失するとして、懲戒解雇を無効としました。
ただし、Y社の度重なる注意指導に対し、Xには改善の余地がないと考えることには妥当性があると判断しました。Xのこれまでの問題行動を総合的に勘案すれば、普通解雇とする客観的合理的な理由があり、社会通念上も相当であるとして、普通解雇については有効と判示しました。
ポイント・解説
本事案で、裁判所は懲戒解雇について、労働者の将来に向かって重大な不利益を与え得る峻厳な制裁であることから、その有効性については諸事情を総合的に勘案して判断すべきと示しています。
裁判所は、汲むべき事情の例として、対象となる行為の動機、態様の悪質性、当該行為が社会に与えた影響、企業秩序を侵害した程度を挙げています。
本事案では、会社は、6年間の勤務中に4度部署異動を行い、Xへ改善の機会を与えていました。しかし、Xは、いずれの部署でもトラブルを起こし、反省の色は見られませんでした。
このような悪質性の高い状況であっても、Xに処分歴がなかったことから、最初から懲戒解雇とするのは重すぎる処分と判断されています。いくら注意・指導を繰り返していても、懲戒解雇を有効とするには、足りないことがあります。
この裁判例は、軽めの処分から実施していく過程がいかに重要であるかを示す裁判例であるといえます。また、懲戒解雇を行う際の予備的普通解雇の重要性についても示されていますので、実務面で非常に参考になるでしょう。
業務命令違反による懲戒処分が認められるための要件
業務命令違反を原因とした懲戒処分が認められるにはいくつかポイントがあります。これらを満たすことによって、処分の有効性が高まりますので、処分を検討する際には必ずチェックしましょう。
以降で、詳細を解説していきます。
①業務命令が有効であるか
業務命令違反を原因として従業員に懲戒処分を実施するには、前提としてその業務命令が有効なものである必要があります。
業務命令は会社の指示であればすべて有効というわけではありません。前述のとおり、従業員に誠実労働義務が課されるのは、労働契約の範囲内にある合理的な業務命令だけです。
もし、指示する業務命令が、契約範囲を逸脱するものであったり、不当な目的によるものであったりする場合などは、合理的な業務命令にあたりません。
この場合には、業務命令自体が無効であるため、その命令に従わなかったとしても懲戒処分の対象とすることはできません。
業務命令が無効になるケースとは?
では、業務命令が無効になるケースについてもう少し具体的に確認しておきましょう。
法律上に具体的な定めがあるわけではありませんが、判例などから以下のような要素が含まれる場合には、業務命令が無効となる可能性があります。
- 上司のプライベートに関する依頼など、業務上の必要性がない業務命令
- 対象従業員への嫌がらせ等、不当な目的による業務命令
- 従業員が著しい精神的苦痛を伴うなど、従業員に不利益を与え、権利濫用といえる業務命令
もし、これらに当てはまるような業務命令であった場合には、懲戒処分の対象とすることはできませんので、どのような指示に従わなかったのか状況を精査するようにしましょう。
②業務命令違反の事実は存在するか
懲戒処分を行うには、その原因となる事実を特定する必要があります。
事実を具体的に指摘して処分内容を説明することができれば、対象従業員の納得が得られやすくなり、万が一裁判へ発展した場合に、裁判官を説得しやすくなります。
まずは、業務命令違反となる事実関係を調査し、その頻度や指導内容、その後の従業員の態様などを確認しましょう。注意指導の日時、業務命令の内容、対象者、注意・指導内容など具体的に記録として残しておくことをおすすめします。
口頭注意だけでなく、文書やメールなどで指導内容を確認できる形式にすることが望ましいです。懲戒処分を発端としてトラブルに発展するケースもあり、その場合には記録が1つの証拠となります。
注意・指導内容は時系列にまとめて記録化しておきましょう。
③就業規則に懲戒事由として規定されているか
懲戒処分を行うには、就業規則に懲戒処分とその事由が規定されていることが必要です。就業規則に規定が無ければ懲戒処分はできませんので、まずは就業規則の内容を確認しましょう。
業務命令に従わないことが懲戒事由として定められているか、就業規則が正しく周知されているかといったポイントの確認も必要です。
就業規則に懲戒処分に関する規定が無い場合や、内容が不足している場合など、懸念事項があれば弁護士へ相談しましょう。
④懲戒処分の程度は相当なものか
懲戒事由にあたる事実があれば、どのような処分内容でも許されるわけではありません。懲戒処分は、①「客観的に合理的な理由があり」、②「社会通念上相当」といえなければ無効となり得ます。
①については、懲戒事由に該当する事実が客観的に認められることが重要です。
②については、懲戒事由の内容と処分の重さが、社会一般の観点から考えてバランスがとれていることが求められます。軽易な違反に対して、懲戒解雇は重すぎるといったように、違反内容に対する懲戒処分の程度が相当でなければ、無効となるおそれがあります。
処分内容の検討は慎重に行いましょう。
⑤懲戒手続が適正に行われているか
懲戒処分は、従業員の非が原因ではありますが、従業員に対して不利益を生じさせるものです。そのため、その手続きが適正に行われていなければ、場合によっては懲戒処分が無効となるケースもあります。
懲戒手続きは就業規則の規定を確認のうえ、規程内容に沿って適切に行いましょう。規則に定められていない場合であっても、適正といえる手続きを経ることが大切です。
手続きの流れに不安があれば、弁護士へ相談した上で行うことをおすすめします。
業務命令違反に対する懲戒処分の進め方と注意点
懲戒処分を有効とする要件が揃えば、処分の実行を進めていくことになります。処分実施にあたっては以下のような点に注意して行いましょう。
- 弁明や是正の機会を与える
- 段階的に処分を実施する
- 合意による退職を目指す
- 最終的には懲戒解雇を検討
以降で、詳しく解説していきます。
弁明や是正の機会を与える
懲戒処分を決定する前に、対象従業員に弁明や是正の機会を与えるようにしましょう。
懲戒処分は制裁としての性質があり、従業員に不利益が生じることになるため、本人の言い分を聞かずに会社が一方的に行うことは望ましくありません。弁明の機会を付与せずに処分を実施したケースでは、懲戒処分が無効となった裁判例もあります。
特に、就業規則に弁明の機会を与える旨の規定があるのであれば、必ず規定に沿って実施するようにしましょう。
段階的に処分を実施する
懲戒処分は、問題行動を起こした従業員に対する制裁としての性質があります、一方で、対象従業員に改善の機会を与え、問題点を是正してもらう目的もあります。
そのため、処分は軽いもの(戒告やけん責など)から段階的に実施し、改善されなければより重い処分(減給や出勤停止など)を実施するといった方法が理にかなっているといえるでしょう。
問題行動と処分の重さのバランスがとれていることはもちろんですが、比較的軽い処分から実施することによって、本人に反省の機会を与えやすくなります。
また、最初から重い処分を行うと、問題行動との比較衡量の結果、合理的な判断であると認められづらいのですが、段階的な実施であれば、「本人の問題行動が改善されなかったため、より強く反省を促す必要があった」という合理的な判断だと認められやすくなります。
どの処分から実施するべきか迷う場合には、弁護士のアドバイスを参考にするとよいでしょう。
合意による退職を目指す
段階的に懲戒処分を実施してもなお改善されない場合には、退職してもらうことも視野に入れざるを得ないでしょう。しかし、懲戒解雇はトラブルに発展しやすいため、リスクを減らすために、合意による退職を検討しておくべきです。
退職勧奨等により、双方の意向をすり合わせて合意に至るのであれば、紛争に発展する可能性は低くなるでしょう。ただし、退職勧奨が強引な手法などで行われれば、退職強要となるおそれもあります。
合意退職に向けてどのように働きかけるべきか迷う場合には、弁護士のサポートを受けるようにしましょう。
最終的には懲戒解雇を検討
懲戒処分によっても改善されず、合意退職も望めないのであれば、会社として最終決断をする必要があります。懲戒解雇は従業員への不利益が大きいため、合意退職よりも更にトラブルに発展しやすいというデメリットがあります。
しかし、社内規律に悪影響が生じているのであれば、職場環境の改善のためにも解雇の判断が必要となることもあります。懲戒解雇の妥当性については十分検討し、その判断に至るまでの経緯や事実関係などの資料を整理したうえで実施することをおすすめします。
業務命令違反に従わない社員の処分でお困りなら弁護士にご相談ください
懲戒処分の流れや注意点について十分に理解していても、事案によっては対象従業員から反発が大きいなど、結果としてトラブルに発展するケースもあります。また、当事者である社内の人間は対象行為以外の情報にも触れるため、処分内容の客観的な相当性を判断することは難しいこともあります。
その場合には、第三者である弁護士から客観的なアドバイスを受けることも有用です。
業務命令に従わない従業員の対応についてお困りごとがあれば、労務問題に詳しい弁護士へご相談下さい。弁護士法人ALGでは、様々な企業の労務顧問実績をもつ経験豊富な弁護士が多数在籍しております。
懲戒処分に関する規定の作成から処分内容の検討、処分のサポートなど幅広い法的サービスを提供しております。少しでも気になることがあれば、まずはお気軽にお問い合わせ下さい。
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