労務

従業員が逮捕された場合の会社の適切な初動対応

札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈

監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士

もし、自社の従業員が逮捕された場合には、会社として何らかの対応を求められることが多いでしょう。
しかし、対応方法を誤ればトラブルになる可能性はゼロとはいえません。

不測の事態である、従業員の逮捕。
逮捕の事実だけをもって、慌てて解雇するなどの対応をとるのは、賢明な判断とはいえません。

このような事態を乗り切るには法律や裁判所の判断に関する正しい認識が不可欠です。
本稿では、従業員が逮捕された場合の会社の適切な初動対応について解説していますので、是非ご参考下さい。

従業員が逮捕された場合に会社がとるべき初動対応

従業員の逮捕が明らかになった場合、会社として行うべき初動対応の流れは以下の通りです。

  • ①事実関係を正確に把握する
  • ②社内対応を行う
  • ③従業員を支援するかどうかを決める
  • ④逮捕中の勤怠・賃金の取扱いを検討する
  • ⑤マスコミ・報道機関への対応

各ポイントについて以降で詳しく解説していきます。

①事実関係を正確に把握する

従業員の逮捕情報は、従業員の家族からの連絡に限らず、報道や他の従業員からの報告などで知り得るケースもあります。

しかし、伝聞や推測を含むような噂話レベルの情報で判断することは危険ですので、まずは、事実関係を正確に把握しましょう。
家族から逮捕の日時や、事案内容、認否、犯罪事実、勾留場所、弁護人選任の有無などの詳細情報を確認するとよいでしょう。

弁護人が選任されているのであれば、弁護人に今後の見通しについて確認することも有効な手段です。
ただし、弁護人は守秘義務があるため、必ずしも回答を得られるとは限りません。接見禁止処分がでていないなど、従業員に面会に行くことが可能な場合には、本人へ直接確認することが確実です。

②社内対応を行う

収集した情報を踏まえ、適切な社内対応を検討します。

まず、「逮捕=有罪ではない」ことを踏まえ、逮捕の事実が広まらないよう配慮しましょう。
社内とはいえ、逮捕されたという情報をみだりに拡散すれば、従業員の名誉にもかかわります。

社内対応の協議等で情報共有が必要であったとしても、最低限の人員で共有し、それ以外の従業員には伏せておくべきでしょう。
逮捕情報は厳重に管理し、他の従業員や顧客から問い合わせがあった場合には、一身上の都合による休職などと対応しておくことが無難と考えられます。

起訴・不起訴になる可能性などを顧問弁護士に相談しておくことで、今後の見通しを踏まえた対応が可能となります。逮捕の事案が、会社の業務と関連性がある場合には、従業員が行った行為が懲戒処分の対象となるようなケースもあります。

従業員が逮捕・勾留される期間は?

逮捕後、被疑者となった従業員は48時間以内に検察へ送致され、検察官は24時間以内に勾留請求をするかどうか判断することになります。この間のおよそ3日間については、原則、家族であっても面会が許されず、面会は弁護人のみ可能となります。

勾留請求がなされ、裁判官が勾留すべきと判断した場合には、10日間の勾留が決定します。
場合によっては勾留延長により、さらに最大10日間追加される可能性があります。

捜査の結果、起訴となれば、勾留期間は数ヶ月におよぶことも考えられますので、場合によっては、長期的対応も見据えた検討が必要となります。

③従業員を支援するかどうかを決める

従業員が逮捕された場合であっても、誤認逮捕の場合もあります。
また、従業員が行ってしまったことに情状の酌量の余地が認められるような事案もあります。

会社として従業員を支援するかどうかの方針も検討しておくべきでしょう。
勾留回避や保釈請求には、身元引受人が必要となります。

会社に義務があるわけではありませんが、従業員に身寄りが無い場合や、釈放されないと会社の業務に著しい支障が生じる場合などには身元引受けを検討しても良いでしょう。

ただし、従業員が有罪となった場合、会社が過度に援助していたとなれば社会的に非難の対象となるリスクもあります。支援を行う場合には状況を冷静に判断し、節度を持って対処すべきでしょう。

顧問弁護士に依頼する場合の注意点

従業員の無実を証明したいなどの理由から、会社が顧問弁護士に私選弁護費用を支払い、弁護活動を行ってもらうというのは無い話ではありません。
しかし、被疑事実が会社の業務と関連するなどがあれば、従業員と会社には利益相反関係が生じます。

このような場合には顧問弁護士が弁護人となることは避けるべきといえます。
また、勤務先の顧問弁護士という立場にあることで、従業員が懲戒処分を恐れて真実を伝えられないなどの影響が考えられます。

もし信頼関係を築けないとなれば、弁護活動を十分に行うことができず、従業員にとっても有益とはいえません。このような場合には、顧問弁護士に弁護を依頼することは決して望ましい選択とはいえないでしょう。

④逮捕中の勤怠・賃金の取扱いを検討する

従業員が逮捕・勾留された場合、労務面では、対象従業員の勤怠・賃金の取扱いを検討する必要があります。

逮捕の事実があっても、無実であることも十分考えられますので、早急に懲戒処分を決定するのは避けるべきでしょう。結論が出るまでは、従業員は出勤していなくても在籍していますので、適切に対応しなければなりません。

身柄拘束期間中の賃金は支払うべきか?

身体拘束中は出勤することが物理的に不可能となります。

この期間については、ノーワーク・ノーペイの原則に基づき欠勤扱いとし、無給としても問題ありません。ただし、弁護士や家族を通じて有給休暇の申請があれば、有給休暇の消化として対応しましょう。

起訴休職制度を設けている場合

会社の就業規則に起訴休職の規定がある場合には、欠勤ではなく、休職として処理することも可能です。
ただし、休職は法律に定められた制度ではありません。

基本的に、対応を行うかどうかは、就業規則への規定の有無が重要になります。
休職の事由として、逮捕や起訴のケースが定められているのかを確認しましょう。

起訴休職期間中は無給と定めていることが一般的ですが、この点についても就業規則の内容に応じて対処することが必要です。

⑤マスコミ・報道機関への対応

従業員の逮捕が報道されるなど公の事実となった場合には、会社がマスコミに対応しなければならないことも考えられます。

事実関係や会社の対応説明は、慎重に行わなければなりません。失言や事実と異なる説明が生じないよう、事前に弁護士と相談し、想定問答集を作成しておくべきでしょう。

詳細が不明などの事情があれば、事実関係を調査中であることなどを説明し、誠意のある対応を行うことが大切です。
社会的信頼への影響も懸念されますので、記者会見のほか、自社ホームページで謝罪文を掲載するなど、方法は様々ですが、早急に対処することが賢明と考えられます。

事案によっては第三者委員会の調査についても検討しておく必要もありますので、早めに弁護士へ相談し、対応方法を検討しましょう。

逮捕された従業員の懲戒処分の検討について

従業員が業務に関連した罪を犯したのであれば、その行為をもって懲戒処分を検討することは可能です。
懲戒処分を行うには、就業規則へ処分内容・事由などの規定が必要となりますので、まずは自社の規則を確認しましょう。また、対象となる行為と処分内容の重さは比較衡量して、相当でなければなりません。

もし行為に対して処分が重いなどのアンバランスがあれば、不当処分として無効になるおそれもあります。処分内容が妥当であるか判断に迷う場合には弁護士へ相談しましょう。

プライベートでの犯罪行為も処分の対象か?

従業員の逮捕が業務関連の事案ではなく、私生活上の犯罪の疑いであった場合、懲戒処分の有効性は限定的となります。

これは、私生活上の行為については、本来、雇用関係とは無関係であるという考えがあるためです。
ただし、私生活上の行為であっても、重大な犯罪に該当したり、報道がなされたりするなどによって会社の名誉が損なわれるなどがあれば、話は別です。

会社に悪影響を及ぼすほどの事案であれば、例外的に懲戒処分の対象とすることができます。

従業員の逮捕を理由に懲戒解雇できるのか?

懲戒処分の中で、最も重い処分には懲戒解雇があります。逮捕されたのであれば、「懲戒解雇も妥当だ!」と認識される傾向にありますが、実はそうではありません。

懲戒解雇は従業員への不利益も大きいため、相応の理由が必要となります。
事案にもよりますが、犯罪を繰り返している、犯罪行為が重大であるなどの悪質性が高いといったケースでなければ、有効とされるのは難しいでしょう。

懲戒解雇を検討する場合には、会社へどれほどの影響があったのかなどを整理した上で、慎重に判断することが大切です。

有罪判決が出る前に解雇することのリスク

逮捕されたとしても有罪判決が確定するまでは、無罪が推定されることになります。
そのため、逮捕されたという事実だけをもって懲戒解雇を行った場合、無罪が確定すれば、従業員から不当解雇として訴えられるリスクが考えられます。

もし、不当解雇と判断されれば、金銭的負担が会社に発生することはもとより、裁判期間には主張の準備など様々な労力が発生します。

あとからトラブルにならないよう、有罪判決が確定する前に解雇を言い渡すなどの対応は避けることをおすすめします。どうしても退職させたいといった事情がある場合には、解雇ではなく、退職勧奨を検討するべきでしょう。

逮捕された従業員の退職金の支給について

まずは、退職金規程の内容を確認しましょう。
懲戒解雇の場合には、退職金の減額や不支給を定めているものも多くありますが、司法の場では必ずしも有効となるわけではありません。

一般的に、退職金には賃金の後払いや功労報償としての意味合いがあります。
そのため、今までの功績を帳消しにしてしまうほどの重大な不信行為がなければ、不支給は不当と判断される傾向にあります。

単に逮捕されたという事実だけをもって、退職金を減額または不支給にしてしまうと、その妥当性が問われる可能性があります。
退職金を減額もしくは不支給とする場合には、事前に弁護士へ相談しておくことをおすすめします。

不起訴・無罪になった場合の対応

不起訴や無罪であった場合には、従業員がスムーズに職場復帰できるよう会社として配慮すべきでしょう。ただし、刑事事件としては無罪であったとしても、事案内容が会社の業務に悪影響を及ぼしたのであれば、その点について懲戒処分の検討となる可能性もあります。

また、刑事事件としては終了しても、別途民事事件として訴訟となる可能性も考えられますので、従業員からヒアリングするなどしておきましょう。
組織としては、今後のために可能な限り再発防止策を講じることも大切となります。

従業員の逮捕と解雇に関する裁判例

従業員の逮捕を理由として解雇を行った場合、司法の場ではどのような判断が下されているでしょうか。
従業員の逮捕・起訴によって解雇とした東京メトロ事件をご紹介します。

事件の概要

旅客鉄道事業の運営を行うY社に勤務するXは、駅係員として正社員雇用されていました。

Xは電車内で痴漢行為を行い、迷惑防止条例違反の嫌疑で逮捕、起訴されました。
その後、Xは略式命令を受け、罰金20万円を納付し、略式命令が確定となりました。

この当時、Y社は痴漢行為の撲滅に積極的に取り組んでおり、その最中でのXの行為は、悪質であり、Y社の社会的信用を失墜させたとして、Y社はXを諭旨解雇としました。

裁判所の判断(平成26年(ワ)第27027号・平成27年12月25日・東京地方裁判所・第一審)

Y社が痴漢行為撲滅の取組中であったにもかかわらず、駅係員であったXが痴漢行為を行った点について、裁判所は、Y社の社会的評価の毀損をもたらすものと判示しました。

また、懲戒の対象となるべきといえるとした上で、実質的な評価として、報道がなされず社会的に周知されなかった点から、悪影響の程度は大きくはないとしました。
さらに、Xの痴漢行為は許されないものの、悪質性の比較的低い行為であるとも言及しました。

Xには本件以前に懲戒処分歴がなく、勤務態度にも問題が無かった点も踏まえれば、諭旨解雇は重きに失するとして、本件処分は無効と判断されました。

ポイント・解説

本事案における痴漢行為は、Xの勤務時間外で行われました。
従業員の私生活上の非行であるため、本来は懲戒処分には直結しません。

しかし、私生活上の行為であっても、企業秩序に直接関連するものや、企業の社会的評価の毀損をもたらすと客観的に認められる場合は例外とされており、懲戒の対象となり得るでしょう。
その場合であっても、懲戒処分の重さと行為のバランスには、客観的な合理性と社会通念上の相当性が必要とされます。

本事案では諭旨解雇は無効となりましたが、同様に痴漢行為を行った駅係員の事案では、痴漢行為を繰り返し、懲戒処分を受けていた従業員に対する懲戒解雇が有効とされています(小田急電鉄事件)。

逮捕・起訴といった事実だけでなく、その行為の具体的態様や悪質性などの諸事情を考慮した上で、不合理でない処分を検討することが重要となります。

従業員が逮捕された場合は初動対応が重要です。まずは弁護士にご相談下さい。

従業員が逮捕された場合、会社としていかに適切な初動対応ができるかが肝となります。
しかし、従業員の逮捕は事前に予測するのが難しいものですので、冷静な判断や適切な対応は困難を極めます。

逮捕後の状況が不明瞭など、判断材料が足らないなどの状況も十分に考えられるでしょう。
社内対応だけでなく社外対応も必要となるため、トラブルを防ぐためにも正しい理解を踏まえた行動が求められます。

従業員の逮捕について対応に迷った場合は弁護士へご相談ください。
弁護士法人ALGでは、労務はもちろん、刑事事件の取扱い実績も豊富であるため、逮捕後の流れを熟知した弁護士からのアドバイスを受けられます。

逮捕された従業員への対応や会社としての対策など、幅広いサポートが可能ですので、まずはお気軽にご相談ください。

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札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈
監修:弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長
保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)
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