
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
能力を見込んで管理職に抜擢しても、その後、期待していたようにはいかなかったといったケースも少なくありません。
また、能力は十分であっても、人間関係で問題を起こすなど、そのまま管理職を続けさせるわけにはいかないこともあるでしょう。
しかし、管理職を簡単に降格させてもいいのでしょうか?本稿では、管理職の降格が違法とならないためのポイントと手順について解説していきます。
Contents
管理職を降格すると違法になるのか?
管理職は一般社員よりも仕事に対して重い責任を負う立場であるため、降格処分は許されないと思われるかもしれません。
しかし、降格が必要とされる正当な根拠があり、会社側が適切な手順を踏んでいる場合であれば、基本的には、適法に降格させることが可能になります。
もし、そうでない場合には、権利の濫用にあたるとして違法な処分と判断される可能性があります。
違法な降格と判断されれば、会社に損害賠償等の責任が発生することになります。
一般に、管理職は給料が高いことが多いので、管理職を降格させたことが違法だと判断されてしまった場合、会社が負う責任は重くなりがちです。 そのため、管理職の降格は慎重に検討しましょう。
降格人事には2つの種類がある
降格には以下の2種類があります。
- ①人事異動としての降格
- ②懲戒処分としての降格
まずはそれぞれの性質について確認していきましょう。
①人事異動としての降格
人事異動としての降格には、以下の2種類があります。
- 役職や職位を引き下げるもの
- 職能制度における資格や職務等級制における等級を引き下げるもの
いずれも、対象者のこれまでの勤務実績や、管理職としての能力を反映して行う人事権としての降格処分です。
会社が有する人事権に基づく対応ですので、ある程度、会社の裁量権が認められる傾向があります。
役職や職位を引き下げるもの
役職や職位を引き下げるものとしての降格は昇進の反対を意味する人事で、職位を現在のものより下の職位に下げる人事異動を指します。
具体的には、部長から部長代理などへの職位の変更が該当します。
必ずしも賃金の減額を伴うものではありませんので、肩書きは変わっても給与はそのまま変わらないこともあります。
職能制度における資格や職務等級制における等級を引き下げるもの
職能制度における資格や職務等級制における等級を引き下げるものとしての降格は、昇格と反対の人事です。
降級は、その従業員の職能資格や給与等級を引き下げる処分であるため、基本的に給与の変更が発生します。
ただし、降級を適正に実施するには、就業規則等に賃金規程や職能資格制度、人事考課制度など、根拠が定められている必要があります。
根拠となる制度がなければ、会社からの一方的な権利行使であるとして、不当処分とみなされる可能性があります。
②懲戒処分としての降格
懲戒処分としての降格は、管理職の問題行動に対する制裁として行う処分です。
懲戒処分として降格を行うには、就業規則に懲戒処分の内容や事由など、根拠となる規定が定められていることが必要です。
また、懲戒処分は問題行動とその処分の重さのバランスがとれていなければならないため、客観的にみて合理的な処分でなければ違法と判断される可能性があります。
懲戒処分としての降格は特に慎重な判断が必要ですので、弁護士へ事前に相談した方がよいでしょう。
管理職の降格処分が違法となるケースとは?
管理職の降格処分が違法とみなされやすいのは、どのようなケースでしょうか。
管理職を孤立させることや、退職に追い込むことを目的とした降格処分は、不当な動機による処分であるため、違法と判断される可能性が高いでしょう。
また、極端に大幅な降格などは相当な理由のない限り、人事権の裁量の範囲を逸脱したとみなされるおそれがあります。
また、有給休暇の取得や、育休の取得などを契機とした降格は不利益な取扱いであり、原則として違法な対応となります。
基本給を減額する場合は違法になりやすい
降格によって給与が減額するケースは非常に多いでしょう。
しかし、降格による給与の減額がすべて認められるわけではありません。
給与の減額は労働者にとって非常に不利益が大きいため、対応を誤れば違法と判断されやすい傾向にあります。
特に基本給は給与の根幹ともいえますので、その減額については相当の根拠がなければ違法と判断される可能性は高いでしょう。
降格による減給に限度額はあるか
減給制裁については労基法91条で制限が設けられていますが、降格の結果としての減給については法律上の制限はありません。
ただし、降格による減給が無制限に認められるということではありません。
役職給の減額については、役職の変更に伴っての減額などであれば合理的な範囲と主張しやすく、基本給の減額と比べて、違法と判断される可能性は低いでしょう。
一方で、基本給の減額については役職給よりも厳しく判断されることが多いといえます。
基本給の減額が認められるための要件
基本給の減額が認められるには、以下のような要件を満たすことが必要と考えられます。
- ①就業規則に基本給減額に関する定めがあり、その就業規則が周知されている
- ②基本給の決定方法についての給与テーブルなど、客観的に明らかな定めがある
- ③減額の根拠となる人事評価が合理的に運用されている
これらの制度設計と運用が正しく行われていない場合には、基本給の減額は違法となる可能性が高くなります。
管理職の降格が違法と判断された場合のリスク
管理職の降格が違法と判断された場合、会社はどのようなリスクを負うことになるのでしょうか。
降格が不当な処分となれば、処分が撤回されてしまいますので、処分の時期に遡って元の待遇を履行することが求められます。
もし、降格処分によって給与を減額していたのであれば、この差額分の支払いを行う必要があります。
また、降格処分が嫌がらせ目的等であったとなれば、慰謝料の支払い問題にも繋がり得ます。
会社に起こるリスクはこれらの金銭的負担だけでなく、他の従業員との信頼関係にも影響する可能性があります。
従業員全体のモチベーション低下や、最悪の場合は離職に繋がるおそれもあります。
処分が違法と判断された場合のリスクは広範囲に及びますので、降格処分の検討は慎重に行うことが重要です。
管理職の降格処分が違法とならないためのポイント
管理職の降格処分を適法に行うには、以下のようなポイントに注意しましょう。
- 就業規則に規定を設ける
- 降格処分となる根拠を収集する
- 降格処分の前に注意指導を行う
- 段階的な処分を実施する
- 人事権や懲戒権の濫用に注意する
以降で詳しく解説していきます。
就業規則に規定を設ける
給与の減額を伴うような降格人事や、懲戒処分としての降格には就業規則等に根拠となる規定が必要です。
降格処分に該当する事由や、処分を行う手続の規定があり、規定に基づいて対応を行っていなければ不当な処分と判断される可能性は高くなります。
降格処分となる根拠を収集する
降格処分の根拠となる事実についての証拠を収集しておきましょう。
処分の根拠を客観的にも明らかにできれば、不当な目的による降格とみなされる可能性は低くなります。
また、降格処分の根拠を資料等で提示できれば、対象者の納得も得られやすくなります。
根拠を示し、処分に至る経緯をしっかりと説明することで、トラブル発展の防止に繋がります。
降格処分の前に注意指導を行う
対象が管理職であっても、会社には従業員を指導する義務があります。
管理職が問題行動をとっているのであれば、会社がまず行うべきは、処分ではなく、注意や指導です。
処分内容を検討する前に、まずはしっかりとどのような行為を問題視しているのか、また、どのような改善が必要なのかを説明しましょう。
いきなりの降格処分は違法とみなされる可能性が高く、裁判でも厳しい判断がされています。
処分は、あくまでも、注意指導を徹底しても改善しない場合に、検討するようにしましょう。
注意指導の経緯は、処分の客観的な根拠となりますので、記録等にして残しておくことが大切です。
段階的な処分を実施する
降格処分は従業員にとって大きな不利益といえます。
もし、管理職として不適格な行動があり、注意指導によって改善しなかったとしても、最初から降格処分とすることは不当と判断されるリスクが高いでしょう。
まずは軽い処分から段階的に実施することをおすすめします。
悪質性の高い問題行為であれば、ある程度重い処分を検討することも可能ですが、能力不足や勤怠不良などであればけん責や訓戒などから始めるべきでしょう。
処分内容の妥当性については、処分決定前に弁護士へ相談しておくことをおすすめします。
人事権や懲戒権の濫用に注意する
管理職に対する嫌がらせなど、不当な目的による降格人事や、問題行為の内容に対して重すぎる懲戒処分は、人事権や懲戒権の濫用にあたります。
不当な処分は、紛争化に繋がるおそれもあり、違法と判断されれば会社には未払い賃金や慰謝料など、様々な損害が発生することになります。
降格人事や降格処分の根拠が不当なものとなっていないか、社内で十分協議した上で決定しましょう。
管理職の降格を実施する際の手順
管理職の降格を実施するには以下のような手順で行うことが一般的です。
- ①事実関係を調査・把握する
- ②降格の処分内容を検討する
- ③弁明・改善の機会を設ける
- ④減給の可否や方法を検討する
- ⑤社員に通知する
以降で1つずつ解説していきます。
①事実関係を調査・把握する
管理職として不適格な行為があれば、まずはその事実関係を調査し、経緯をしっかり把握しましょう。
問題行動があったとしても第三者の意見だけでは事実の側面に過ぎません。
本人やその周囲の従業員などからも事情を聞き、事実関係の全体像を見極めることが大切です。
事実関係に関する証拠収集を踏まえて、処分するべき行為であったのかを冷静に判断しましょう。
また、従業員から聴取した事柄については、記録を残しておくのが良いでしょう。
②降格の処分内容を検討する
降格が必要と判断した場合は、人事権としての降格にするのか、懲戒処分としての降格を行うのかを検討します。
それぞれ適正に行うには要件が異なります。
人事権の行使とした場合は、給与の減額、特に基本給の減額を伴うのかについて判断しなければなりません。
③弁明・改善の機会を設ける
懲戒としての降格処分の場合には、原則として、弁明の機会を与えることが必要とされています。
特に、就業規則で手順として規定されている場合には、必ず弁明の機会を与えなければなりません。
また、処分を行う前に、会社として注意や指導を行い、対象の管理職に改善の機会を与えることも必要です。
指導を繰り返しても改善が見られなければ処分を行う、という手順であれば、客観的にみても合理性があり、正当な処分となり得るでしょう。
④減給の可否や方法を検討する
降級や降格によって賃金の減額が発生する場合には、就業規則等に根拠となる規定があるのか確認しましょう。
規定内容に応じて賃金等級の変更や、役職給の減額をどの程度行うのか検討する必要があります。
賃金減額の内訳は対象となる管理職にも明確に説明できるよう、賃金テーブル等の資料を準備しておきましょう。
⑤社員に通知する
社内で事実に関する証拠収集や規定内容を踏まえて処分内容を決定したら、対象となる管理職へ処分内容を通知するようにしましょう。
この際、できるだけ管理職の理解も得られるように、根拠や証拠等の資料を提示しながら説明することをおすすめします。
また、処分内容については口頭だけでなく、理由も含め書面で交付することが望ましいでしょう。
書面は、懲戒処分通知書や辞令などの形式が一般的です。
処分に至る経緯や会社の意向、根拠等が客観的にわかる内容にしておきましょう。
降格を伝える際に配慮すべきこと
降格は人事異動であれ懲戒処分であれ、労働者にとっては大きな出来事です。
特に給与の減額を伴う場合には生活にも多少なり影響が出ることでしょう。
ある程度、期間の余裕をもって伝えるなどの配慮が望ましいと考えられます。
また、人事権、懲戒処分いずれの降格であるのかもしっかり伝えましょう。
どちらの降格に該当するのかによって、適切と判断されるルールが異なります。
降格を伝える際に、対象者から不満等が出ることもありますが、冷静に毅然とした対応をとることが大切です。
降格を伝えられた管理職が理不尽な言い分を述べた場合であっても、そのような発言に暴言などで返してしまうと別のトラブルに発展するおそれもあります。
降格を伝える際には、トラブル防止のためにも、複数人で対応することを検討しておきましょう。
管理職の降格処分の有効性について争われた判例
管理職の給与は一般社員に比べて高く設定されていることが多いでしょう。
もし、降格が不当な処分と判断されれば、未払い賃金の金銭的負担も一般社員よりも大きくなる可能性があります。
降格について、裁判でどのような判断が為されているのか判例をもとに確認しておきましょう。
管理職の降格処分について有効と判断されたスリムビューティーハウス事件をご紹介します。
事件の概要(平成18年(ワ)第21895号・平成20年2月29日・東京地方裁判所・第一審)
エステティックサロンを営むY社にエリアマネージャーとして勤務していたXは、部長職として年俸1150万円の待遇を受けていました。
しかし、Xの指導等対応について担当店舗の複数の従業員から不満が寄せられ、人員確保や業務遂行に支障が出ていることが明らかになりました。
Y社はこの問題を調査し、Xを次長へ降格させることとしました。降格に伴い、Xの年棒は690万円へ減額となりました。
Xは、降格処分はY社の人事権濫用にあたり、不当な処分であるとして、Y社を訴えました。
裁判所の判断
降格処分の原因となった事実につき、裁判所は、Xの部下への接し方は指導監督の手法に問題があり、実際に、各店舗の人員確保や業務遂行に支障が生じていたことを認定しました。
また、現場の人間関係に軋轢を生んだり、信頼関係を失っている状況は会社として放置できない状況であり、本件降格処分は、人事権の裁量の範囲内と判示しました。
しかし、降格処分を有効と判断した一方、賃金減額については、裁判所は次のように判示しています。
降格による賃金減額は当然あり得るものの、賃金体系が明らかにされておらず、減額の客観性が無い以上、減額内容が基準に適合しているとはいえない。
また、部長から次長への降格による賃金減額が4割を超えるのは、やや極端であり、過大にすぎる。
そのため、年俸の減額については、その効力が否定されました。
ポイント・解説
本事案では、X自身の営業実績は問題なく、評価すべき点であるとしています。
しかし、現場における指導方法の問題や人間関係の軋轢は、複数の店舗で業務に支障を来す状況であり、降格処分は妥当と認定されています。
本事案における降格は懲戒処分ではなく、人事権の行使であり、Y社における必要性や経営判断を踏まえれば、人事権の裁量の範囲内であり、妥当とされました。
しかし、降格に伴う賃金減額については、減額の合理性、客観性が明確に基礎づけられていることが必要とされました。
賃金減額は、賃金規程や給与テーブルなどで、その基準が明らかでなければ無効と判断されることがあります。
特に大幅な減額についてはより強く根拠が求められるでしょう。
降格すれば減給が当然であるとしても、減給の幅について、明確な根拠を提示できる体制を整えておきましょう。
管理職の降格でトラブルとならないために、労務に強い弁護士がアドバイスいたします。
管理職の降格には、人事権としての降格と懲戒処分としての降格があります。どちらの降格を選択するべきなのかはケースによって異なります。
いずれにしても適切な手順を踏まなければトラブルに発展するおそれがあります。
降格は、社内秩序を維持するために必要な手段ではありますが、会社としては悩ましい問題の1つでしょう。
トラブルを防止するためにも、管理職の降格を検討する場合は弁護士へ相談することをおすすめします。
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- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)