監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
「従業員からいきなり未払い賃金を請求された」というケースは少なくありません。
この場合、焦って全額を支払うのではなく、適切に対応することが重要です。しかし、未払い賃金請求への対応には専門知識やノウハウが必要です。
そこで本記事では、従業員から未払い賃金を請求された場合のリスクや取るべき対応、弁護士に依頼するメリットなどを詳しく解説していきます。
Contents
未払い賃金・残業代請求のリスク
賃金や残業代を支払わずにいると、会社は以下のようなリスクを負います。
- ・労働基準監督署から是正勧告や指導を受ける
- ・労働基準法違反として、懲役や罰金が科される
- ・従業員に裁判を起こされる
- ・多大な支払いが発生し、経営悪化につながる
- ・遅延利息を請求される
これらの事態が発生すると、会社は経営上大きなダメージを受けます。
また、「従業員のモチベーション低下」や「企業の社会的イメージの悪化」など、他にもさまざまなリスクが潜んでいます。
賃金の支払いに関する法律上の定め
賃金の支払いについては、労働基準法で以下の5点が義務付けられています。
- ・通貨で支払うこと
- ・直接従業員に支払うこと
- ・全額支払うこと
- ・毎月1回以上支払うこと
- ・一定の期日に支払うこと
これらは、従業員が確実に労働対価を手に入れ、安定した生活を送るためのルールです。
また、残業代も「賃金」に含まれるため、この5原則に従って支給する必要があります。
よって、「現物支給したからお金は支払わない」「数ヶ月分まとめて支払う」「本人の同意なく銀行に振り込む」などの対応は認められないため注意しましょう。
なお、残業代は基本的に「1分単位」で全額支給しますが、1ヶ月の時間外労働の合計が1時間未満の場合は以下の対応が可能です。
- ・30分未満の端数を切り捨てる
- ・30分以上を1時間に繰り上げる
残業代支払いの事前防止策
残業代の発生を抑えるには、「日頃から労務管理を徹底する」ことが重要です。
具体的には、以下のような方法があります。
- ・残業を承認制にする
- ・勤怠システムを導入する
- ・終業時間になった従業員に声をかけ、退勤を促す
- ・終業時間以降、パソコンは強制的にシャットダウンし、メールやチャットなど送信時間が残るものを使用させないようにする
従業員の中には、お金欲しさに無駄な残業をする人もいます。
そこで、「残業は承認を得た場合のみ許可する」という事前承認のルールを徹底しておくと安心です。
また、「残業が少ない人を評価する」という人事評価制度を行うのもおすすめです。
これにより、勤務時間内に効率よく業務を終わらせる従業員が増えると期待できます。
未払い残業代の支払い義務と罰則
時間外労働を行った従業員には、一定の割増賃金を支払う必要があります。
- ・法定外労働、深夜労働:通常の賃金の1.25倍
- ・休日労働:通常の賃金の1.35倍
適切な割増賃金を支払わない場合、事業主や経営者に「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される可能性があります。
ただし、いきなり刑事罰が科されることはほぼありません。
労働基準監督署の勧告や指導に従わず、悪質と判断された場合、刑事罰が科されるのが一般的です。
残業時間の立証責任
残業時間の立証責任は「従業員側」にあります。
よって、従業員が残業した証拠を提示できなければ、会社も残業代を支払う必要はありません。
もっとも、裁判でタイムカードや勤怠記録の提出を求められる可能性はあるため、日頃から勤怠管理は徹底しておく必要があります。
記録を提示できない場合、企業が勤怠管理を怠ったとして、不利な結果になるおそれがあります。
未払い賃金請求の対応
従業員から未払い賃金を請求された場合、まずは請求内容の事実確認を行います。
未払いが事実だった場合、速やかに適正額を支払うことが必要です。
初動対応の重要性
未払い賃金の請求では、初動対応が特に重要です。
速やかに事実確認を行い、適切な対応をとりましょう。
対応が遅れたり、請求を無視すると、裁判など深刻な労働トラブルにつながります。
なお、事実確認もせず従業員の言い値で支払うのは避けましょう。
従業員が過剰に請求していた場合、会社が経済的ダメージを負うことになります。
また、1人に言い値で支払うと、他の従業員にも賃金を過大請求されるリスクがあります。
請求を放置した場合のリスク
従業員からの請求を放置すると、かえって会社の負担が増えるおそれがあります。具体的には、
- ・労働基準監督署の勧告や指導に対し、是正措置を講じる
- ・従業員に裁判を起こされ、準備が必要となる
- ・裁判で付加金の支払いが命じられる
- ・遅延利息を請求される
といったリスクを負います。
また未払い賃金が明らかになれば、企業イメージの低下は避けられません。
売上低下や取引の打ち切りなどの事態につながるでしょう。
さらに、従業員からの信用を失い、離職や人手不足に陥る可能性もあります。
会社側が主張すべき反論
従業員から未払い賃金を請求されても、すぐに応じる必要はありません。
まずは事実確認を行い、会社として法律上どんな反論ができるのか検討することが重要です。
以下では、企業がチェックすべき「5つのポイント」を紹介していきます。
未払い賃金・残業代は発生していない
従業員の賃金計算に誤りがある場合や、労働時間を過剰にカウントしている場合、未払い賃金の支払いを拒否または減額できる可能性があります。
例えば、昼休憩とは別に合計1時間近く小休憩を取得していたようなケースです。
この場合、タイムカード上では労働時間にカウントされても、実際は働いていない(賃金が発生しない)と反論できます。
また、無駄な居残り残業をしている者についても、残業代の請求を拒否できる場合があります。
まずは「タイムカードなどの勤怠記録」と「実態」に相違がないか、しっかり確認するのがポイントです。
会社の許可なく残業をしていた
会社が残業を禁止しているにもかかわらず、無断で残業していた場合、残業代の請求を拒否できる可能性があります。
ただし、「残業を禁止していた」と証明するには、以下のような具体的な措置を講じておく必要があります。
- ・残業を禁止する旨を、社内規程や書面、メールなどで明示していた
- ・残業している従業員にその都度注意していた
- ・終業後はオフィスの電気を消す、パソコンの使用を停止するなど、残業できない環境にしていた
- ・残務が発生した場合、管理職への引継ぎ方法などを明確にしていた
一方、普段から残業を黙認していた場合や、残業しないと到底終わらないような業務を課していた場合、残業代の支払い義務が発生する可能性があります。
管理監督者からの請求である
管理監督者は、労働基準法における労働時間・休憩・休日の制限を受けません。
つまり、そもそも時間外労働の概念がなく、残業代も発生しないのが基本です。
なお、管理監督者は「労働時間等の規制になじまない重要な職務や責任を負っている者」と定義されており、実態に即して判断する必要があります。
例えば、以下のような従業員は管理監督者にあたる可能性があります。
- ・経営に関与している者
- ・部下の労務管理を担っている者
- ・出退勤に裁量がある者
- ・他の従業員よりも好待遇である者
ただし、管理監督者でも「深夜労働」を行った場合は割増賃金を支払う必要があります。
定額残業代として支払い済みである
「固定残業代」や「みなし残業代」として、一定の残業代を基本給に含めて支給しているケースです。
この場合、従業員からの残業代の請求を拒否できる可能性があります。
ただし、固定残業代は法律上の割増率を下回ってはならず、通常の労働時間に対する賃金と明確に区別しておく必要があります。
また、みなし残業時間を超えて勤務した場合、超過分は別途残業代の支給が必要です。
これらのルールが守られていない場合、違法となり残業代の支払い義務が生じる可能性があるため注意が必要です。
消滅時効が成立している
残業代の請求権は、一定期間が過ぎると消滅時効にかかります(給与支払日の翌日から3年)。
そのため、「数年前の未払い残業代を支払ってほしい」などと請求された場合、消滅時効が成立していないか確認しましょう。
なお、消滅時効期間を過ぎても自動的に残業代の支払い義務が消えるわけではありません。
支払い義務を免れるには、相手に「時効の利益を受けたい」という意思表示をする必要があります(時効の援用)。
また、時効の援用の意思表示は、証拠を残すために書面で通知するのが一般的です。
未払い賃金請求の和解と注意点
従業員とのトラブルは、「和解」で解決するのが最善です。
和解できればその後も良好な関係を築きやすいですし、裁判にかかる手間やコストも削減できます。
なお、和解は以下の点を押さえながら進めるのがポイントです。
- ・和解の合意書を作成する
- ・未払い残業代ではなく「解決金」として支払う
- ・今後の法令順守や再発防止を約束する
- ・守秘義務について定める
- ・清算条項を定める
- ・退職予定の場合、退職日や最終出勤日、退職理由なども同意を得ておく
付加金・遅延損害金の発生
未払い残業代を支払わずにいると、「付加金」や「遅延損害金」が発生するおそれがあります。
付加金とは、裁判において会社が悪質と判断された際、制裁として支払いを命じられるお金です。
金額は「未払い金と同額まで」なので、最大で未払い額の2倍を支払うことになってしまいます。
遅延損害金とは、支払いが遅れたことに対する補償として支払うお金です。
金利は、「在職中で年3%、退職後では年14.6%」となっています。
また、付加金についても、判決日の翌日から「年利3%」の遅延損害金が発生します。
弁護士に依頼すべき理由
未払い賃金の請求では、初動対応が特に重要となります。
そのため、できるだけ早く弁護士に相談・依頼するのがポイントです。
弁護士は、幅広い資料や証拠を集め速やかに事実確認を行うことができます。
また、従業員の請求が適切かどうか判断し、必要に応じて反論することも可能です。
また、できるだけ穏便に解決できるよう、従業員との交渉もすべてお任せいただけます。
弁護士法人ALGは、企業側のサポートに特化しており、顧問契約先も400社を超えています。労働トラブルでお困りの方は、まずはお気軽にご相談ください。
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