
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
パワハラという言葉は社会一般に浸透したといえるでしょう。しかし、いまだパワハラは無くならず、パワハラに関する労働相談件数は高止まりとなっています。
パワハラに関する相談が発生していなくても、潜在的な被害者や加害者はすでに社内にいる可能性もあります。会社としては、パワハラが発生したときの対処法をあらかじめ講じておくことが求められます。
パワハラの加害者に対して反省を促す方法として、口頭注意だけでなく、懲戒処分という手段もあります。ただし、懲戒処分を下す際には、原則として就業規則に懲戒処分が定められていることが前提となります。
本稿ではパワハラに関する懲戒処分について、規定例も含めて解説していきます。
Contents
パワハラで懲戒処分を行うには就業規則の規定が必要
職場におけるパワハラは、以下の3つのポイントをすべて満たすものとして定義されています。
- 優越的な関係を背景とした
- 業務上の必要かつ相当な範囲を超えた言動により
- 就業環境を害すること
つまり、上司から部下という、一般的に優越的な関係性であっても、業務上の必要かつ相当な範囲であれば、多少厳しい注意などがあってもパワハラには当たりません。
パワハラは当事者だけの問題では済みません。周囲の従業員の心身にも影響を及ぼすとされています。そのため、パワハラが判明した際には、「社内秩序を乱す行為があった」として、会社は厳しい対応が必要となるでしょう。
原則として、懲戒処分は就業規則の規定を根拠として行う必要があります。パワハラに対して懲戒処分を検討する場合には、まず就業規則の内容を確認しましょう。
懲戒処分を下すための法的要件とは?
社内の秩序を守るために行う懲戒処分は会社に権限がありますが、決して無制限に許されているわけではありません。もし、会社の権利濫用といえるような懲戒処分を行えば、労働契約法15条によって無効と判断される可能性があります。一般的に、懲戒処分が有効とされる法的要件には以下の要件が挙げられます。
- 就業規則に懲戒処分に関する規定がある
- 懲戒事由に該当する事実がある
- 処分に相当性がある(行為と処分内容のバランスがとれている)
- 適正な手続きを経ている
就業規則の内容を確認し、対応に不安があれば弁護士へ相談しましょう。
パワハラの程度と懲戒処分の相当性について
パワハラには代表的な6つの類型があります。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
パワハラと一口でいっても、その内容の程度は事案ごとに異なります。同じ類型であっても非常に悪質な事案もあれば、軽度の事案もあるでしょう。それらを一括りにして「パワハラ=特定の懲戒処分」とすることは妥当とはいえません。パワハラの程度によってどのような懲戒処分が一般的であるか解説していきます。
犯罪行為レベル(刑法)のパワハラの場合
犯罪行為レベルといえるパワハラには、殴る蹴るといった暴行や傷害があります。また、人格を否定するような精神的な攻撃や暴言は、場合によっては脅迫行為にあたることもあり得ます。
このような犯罪行為といえるようなパワハラを行った場合、軽い懲戒処分で済ませることが相当とはいえないケースも多くあります。出勤停止や降格、悪質性が高い場合には、最も重い処分である懲戒解雇も検討することになるでしょう。
一律的な判断はできませんので、個別に被害の程度や行為の悪質性、頻度、行為後の反省の有無などを総合的に考慮して処分内容を決定するようにしましょう。
不法行為レベル(民法)のパワハラの場合
業務上の必要性を超えるような叱責や、嫌がらせ目的の業務指示などによって被害者が精神疾患を発症した等、被害の程度が大きい場合には、不法行為レベルの重大なパワハラといえます。しかし、犯罪行為とまではいえませんので、最初から懲戒解雇を行うことは不相当と判断されるおそれがあります。通常、降格や出勤停止といった程度の懲戒処分を行うことが多いでしょう。
ただし、すでに同様の件で懲戒処分を受けたことがある場合には、改善の姿勢がみられないとして、厳しい判断が必要になるかもしれません。事案の悪質性等にもよりますが、常習となるおそれがある等の理由があれば、より重い処分の検討もするべきでしょう。
職場環境を害するレベルのパワハラの場合
業務が滞ったり、職場の雰囲気が損なわれるような「無視」「陰口」などは職場環境を害するものといえるでしょう。このようなパワハラは、軽度とはいえ見過ごすことはできません。まずは、直属の上司などから加害者へ指導・注意を行い、職場環境の改善をはかりましょう。
それでもパワハラ行為を繰り返すようであれば、懲戒処分を検討します。ただし、犯罪行為に当たるパワハラ等に比べると、軽い処分を検討していくべき場合が多く、戒告やけん責等が妥当なケースも多いでしょう。被害の程度や加害者の反省の有無等も考慮し、事案によっては、減給や出勤停止といった処分も対象範囲に入れることも考えられます。最終的な処分決定は、事案ごとに事情を総合的に判断して行いましょう。
就業規則の規定があればパワハラ社員を懲戒解雇にできる?
就業規則の規定が無ければ、原則として懲戒処分を行うことはできませんが、一方で、規定があれば懲戒解雇できるというわけでもありません。
パワハラが発覚した場合、まず会社が行うべきは事実調査です。被害者からヒアリングするだけでなく、加害者や目撃者などの第三者にも確認したうえで、パワハラとなる事実の有無や、内容等を確認しましょう。調査で確認した事実がパワハラに該当するのであれば、その事実の悪質性や態様を踏まえ、就業規則の規定に沿って懲戒処分を検討します。
パワハラでの解雇の相当性はどう判断されるのか?
パワハラの事実があったからといって、すべての事案で懲戒解雇が有効となるわけではありません。
懲戒解雇は最も重い懲戒処分であり、従業員にとって大きな不利益となります。そのため、その有効性は慎重に判断されることになります。懲戒解雇が相当と判断されるには、パワハラ事案の内容と懲戒解雇という処分の重さのバランスがとれている必要があります。
解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当でなければ無効となります。上述のように、犯罪行為といえるパワハラであったり、会社が何度も注意・指導を繰り返したにもかかわらず、パワハラを繰り返すなどの悪質性の高い事案であれば、懲戒解雇が相当と判断される可能性があります。
パワハラを理由とする懲戒解雇が有効とされた裁判例
パワハラは社内秩序を乱す重大な問題行為です。会社としては毅然とした対応を求められますが、懲戒処分の判断は慎重に行う必要があります。パワハラを理由とした懲戒解雇が有効とされた大和交通事件をご紹介します。
事件の概要
(平成10年(ネ)2808号・平成11年6月29日・大阪高等裁判所・控訴審)
タクシー運送事業を行うY社で、Xはタクシー乗務員として勤務していました。Xは労働組合の執行委員長に就任しており、Y社に対して賃上げを目的とした団体交渉を重ねました。しかし、合意に至らなかったため、組合はピケッティングを含む違法なストライキやタクシーパレードを行いました。Xは、これらの企画、指導、実行のみならず、付随して、同僚に対して暴行、脅迫を行う等、悪質な業務妨害を行いました。これらのXの言動を重く受け止めたY社は、就業規則の懲戒解雇事由にあたるとして、Xを懲戒解雇しました。これを不服としたXは不当解雇であるとして、Y社を訴えました。
裁判所の判断
第一審で裁判所は、Xの行為は懲戒解雇事由にあたるものの、その程度からすれば懲戒解雇処分は相当ではないとして、無効と判断しました。しかし、控訴審では一転して、懲戒解雇を有効と判断しています。
控訴審で裁判所は、第一審におけるXの行為の違法性評価が誤りであると指摘し、本件ストライキ等によるY社の損害も追加で評価しました。また、Y社が繰り返し、違法なストライキである旨を警告し、抗議を重ねたにもかかわらず、Xが三度にわたり実践し、かつ過激な手段へとエスカレートしていることから、企業秩序違反は明らかに重大であると判示しています。
Xが扇動した違法なストライキ等や同僚への暴行、脅迫行為は、軽微なものとして放置しておくことはできないとして、Y社の企業秩序維持のための懲戒解雇には相当性があると判断しました。
ポイント・解説
Xが実践したピケッティングは刑事処分上、威力業務妨害罪にあたるとして起訴猶予処分となっていました。また、Xが行った同僚への暴行・脅迫についても起訴猶予となっています。
明らかな暴力行為や脅迫はパワハラに該当するだけでなく、犯罪行為であることを踏まえ、警察へ被害届を出すこと等も検討した方がよいでしょう。警察に被害届が提出されていることは、刑事罰に該当する行為があったことを証明する証拠の1つにもなります。事実関係をできるだけ記録に残すことは非常に重要です。
ただし、刑法に反するようなパワハラ行為があれば懲戒解雇がただちに認められるわけではありません。本件では、暴力行為のみならず違法なストライキ等の扇動を行いましたが、第一審では懲戒解雇は無効と判断されています。パワハラによる懲戒処分は事実認定等、判断が非常に難しいものです。弁護士へ相談した上で、処分内容を決定することをおすすめします。
パワハラの懲戒処分に関する就業規則の規定例
就業規則にパワハラの懲戒処分を規定するには、パワハラ行為を禁止する規定を設けた上で、パワハラ行為を懲戒事由に定めるとよいでしょう。
パワハラ行為の禁止に関する規定は、厚生労働省のモデル就業規則で以下のように規定されています。
第12条 職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。
また、懲戒事由については以下のように規定されています。
第68条 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。
①正当な理由なく無断欠勤が 日以上に及ぶとき。
(中略)
⑤ 第11条、第12条、第13条、第14条、第15条に違反したとき。
⑥ その他この規則に違反し又は前各号に準ずる不都合な行為があったとき。
2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第53条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
① 重要な経歴を詐称して雇用されたとき。
(中略)
⑥ 会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
⑦ 素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
⑧ 数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき。
⑨ 第12条、第13条、第14条、第15条に違反し、その情状が悪質と認められるとき。
(中略)
⑭ その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき。
ただし、モデル就業規則をそのまま引用すればいいというわけではありません。社内の状況や業種等によって懲戒事由は事情に合わせた内容とすべきです。
以前起こったパワハラ問題等があり、今後も発生する可能性があるのであれば、その内容を踏まえた規定にすることで社内秩序の維持に効果を発揮します。モデル就業規則はあくまでもモデルであることを踏まえ、自社の事情に沿った規定を作成しましょう。
パワハラ対策や就業規則の整備でお困りの際は、弁護士法人ALGまでお気軽にご相談下さい。
パワハラがあればすぐ懲戒解雇ができるというわけではありませんが、処分が軽すぎると、パワハラの抑止力にならないおそれもあります。社内の秩序を正常に維持するためにも、懲戒処分は非常に重要な手段です。しかし、パワハラ対策としての懲戒処分を下すにあたってはパワハラに該当する事由と処分とのバランスをとる必要があり、判断は非常に難しいものです。パワハラによる懲戒処分の検討や、就業規則の整備については弁護士へご相談下さい。
弁護士法人ALGでは、多くの企業様の就業規則改定に対応しておりますので、貴社の事情を踏まえた規程の整備が可能です。また、労務に精通した弁護士が全国展開で対応しておりますので、様々なお悩みに応じて柔軟にサポート致します。パワハラ対策が不十分だと感じたら、まずはお気軽にご相談下さい。
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