労務

賃金未払いの類型と企業に科される罰則について

札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈

監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士

賃金の未払い問題は労務トラブルの中でも非常に起こりやすい問題の1つとされています。

そして、民法改正に伴って未払い賃金請求の消滅時効が3年に延長され、未払いと認定されたときの会社の金銭的負担はさらに大きくなりました。
なにより、賃金を適切に支払うことは、従業員との信頼関係の維持に必須といえます。

もし、賃金の未払いを軽く考える会社だと認識されてしまえば、従業員の会社への所属意識は低下し、離職にも繋がる可能性があります。
未払いを起こさないためにも、どのような場合に未払いが発生するのか知っておくことが大切です。

本稿では、賃金未払いの類型と罰則について解説していきます。

賃金の未払いで企業が負うリスク

賃金の未払いが発覚すると、会社はどのようなリスクを負うことになるでしょうか。
賃金の未払い分を請求されることはもちろんですが、従業員が直接会社に申し出るだけでなく、訴訟にまで発展するケースもあります。
訴訟となれば、会社の社会的信用を損なうことになり、今後の採用にも影響が出てくる可能性もあります。

また、従業員の離職にまで波及すれば人材確保が難しくなるおそれもあるでしょう。
そのほか、労働基準監督署による介入も考えられます。

賃金の支払いは労働基準法で定められている義務であり、これを懈怠した場合には、罰金等の刑罰の対象にもなり得ます。
賃金の未払いは様々な影響を及ぼす問題であると認識しておきましょう。

賃金未払いの主な類型とは?

賃金の未払いが起こるのはどのような場合でしょうか。
主な類型として以下のようなケースが挙げられます。

  • ①時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金
  • ②固定残業制(みなし残業制)の割増賃金
  • ③フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金
  • ④管理監督者の割増賃金
  • ⑤賃金支払いの5原則の違反

以降で1つずつ解説していきます。

①時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金の未払い

従業員に時間外労働や休日労働、深夜労働をさせた場合には、割増賃金の支払いが必要となります。

しかし、割増計算のミスや勤怠集計の不備などによって未払いとなっているケースが散見されます。
割増賃金の計算には、法定時間外や法定休日の把握、割増率や就業規則における定めなど、正しく理解しなければ未払いに繋がる要素が多々あります。

近年、法改正によって月60時間超の時間外労働に対する割増率の引上げなどもあり、気付かない内に、未払いが発生していることもあります。
社内の勤怠管理と給与計算の体制に問題が無いか、定期的に見直すことが大切です。

②固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い

ある程度の時間に相当する残業代を、毎月の手当として支給する固定残業制を導入している会社も少なくありません。
しかし、固定残業制を導入すれば、時間外労働等の割増賃金が発生しないわけではありません。

固定残業代によって賄えるのは、設定した残業時間分の労働についてのみです。
そのため、設定時間を超える残業や休日労働があれば、別途、残業代を支払う必要があります。

また、固定残業時間に対する手当の金額が不十分であるケースもあります。
固定残業代の金額を、時間単位給のみとして割増賃金分が含まれない金額で設定しているなど、制度の設計段階で未払いに至るような問題が発生していることもありますので、注意しましょう。

そのほか、固定残業代は、基本給とは明確に区分して支給する必要がありますので、給与明細の形式についても確認しておくべきでしょう。

③フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い

残業代を抑えるために、一定期間の総労働時間を定めるフレックスタイムや、一定期間の労働時間の平均を定める変形労働時間制を導入している場合も注意が必要です。
これらの制度を活用していても、割増賃金の支払いが発生するケースはあります。

特にフレックスタイムは法改正によって3ヶ月間の総労働時間を定めることが可能となったため、時間外労働の判定がさらに複雑化しています。

また、変形労働時間制には1ヶ月、1年、1週間の設計単位がありますので、どの制度を導入するのかによっても時間外の判定が異なります。
フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払いは、制度理解の誤りによるものが多いため、専門家のサポートを受けながら運用することをおすすめします。

④管理監督者の割増賃金の未払い

労働基準法上の管理監督者については、時間外や休日労働に対する割増賃金が適用されません。
そのため、管理職については残業代の対象外としている会社は多いのではないでしょうか。

しかし、管理職であっても、必ずしも労働基準法上の管理監督者に該当するわけではありません。
労働基準法上の管理監督者とは、経営者と一体的な立場にあり、労働時間等の規制になじまないような立場にある者とされています。

単に、部長などの職位であれば該当するというわけではなく、実態に基づいて判断することが求められます。
そのため、管理職について一律に残業代の対象外としている場合、実態が伴っていなければ、割増賃金を支払う必要が生じることもあり得ます。

⑤賃金支払いの5原則の違反

賃金は従業員の生活を支えるものであるため、その支払いについては法律で以下のように5原則が定められています。

  • 通貨払いの原則
  • 直接払いの原則
  • 全額払いの原則
  • 毎月払いの原則
  • 一定期日払いの原則

これら5原則に違反するような支払い方法は未払い賃金の発生に繋がります。
特に、組合費や互助会会費等を賃金から控除する場合、労使協定の締結がなければ、全額払いの原則に抵触することになります。
賃金は確実に支払うことが求められますので、必要な対応であっても、5原則に反するようなケースは専門家に確認した上で行うようにしましょう。

賃金未払いで企業に科される罰則

もし、未払い賃金があった場合、会社にはどのような罰則が科されるでしょうか。
以降で詳しく解説していきます。

刑事責任

賃金の支払いは労基法に定められていますので、賃金未払いは労基法違反として刑事罰の対象となる可能性があります。
割増賃金の未払いがあった場合には、労基法違反のなかでも特に重い「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑罰が定められています。

また、賃金支払いの5原則に対する違反の場合は、「30万円以下の罰金」とされています。
もし、違反者と事業主が異なる場合には、違反者のみならず、事業主も同じく罰金刑を受けることになります。
また、厚生労働省のウェブサイト上で公表されることもあります。

民事責任

刑事責任とは別に、民事上の責任も問われることがあります。賃金の未払いは、従業員との労働契約に対する違反行為です。
未払い賃金が発生した場合、従業員には、自身の損害である未払い賃金相当額や、態様によっては慰謝料を会社に請求する権利があります。
どのような手段で請求するかは従業員の判断によりますが、未払い賃金のトラブルは訴訟に発展するケースも非常に多くなっています。

また、民法改正に伴い、残業代請求の消滅時効が3年間に拡大しました。
従業員が請求し得る金額が増えやすくなりましたので、今後もこういった請求が増加することが見込まれるでしょう。

付加金の支払い

以下の賃金が未払いであった場合、従業員は付加金を支払わせるよう裁判所に訴えることができます。

  • 解雇予告手当
  • 休業手当
  • 時間外、休日、深夜労働の割増賃金
  • 年次有給休暇の賃金

付加金の内容について、法律上は、未払金と同一の額と規定されています。
そのため、最悪のケースでは、本来払わなければならなかった金額の二倍もの金額を支払うこととなってしまう可能性があるのです。

なお、実務上は、裁判所が違反の態様や従業員の不利益の程度等の事情を総合的に判断して、付加金の支払いの有無や金額を決定することが一般的です。

遅延損害金の支払い

未払い残業代等については、支払期日の翌日から遅延損害金が発生しています。
対象従業員が在職しているのであれば、遅延損害金の法定利率は年3%と設定されています。
もし、対象従業員が退職しているのであれば、退職日以降の法定利率は年14.6%となります。

また、付加金についても判決確定の日の翌日から遅延損害金の対象となります。
遅延損害金によって、損害総額が大きくなるケースもありますので、未払いが発覚したら放置せず、弁護士へ速やかに相談することをおすすめします。

労働者から未払い賃金を請求された場合の対応

未払い賃金を請求された場合、会社としては冷静に誠実な対応を行うべきでしょう。
ただし、従業員が主張する未払い賃金が正解とは限りません。

主張内容を確認し、従業員と認識の齟齬があるなど否認すべきところがあれば、その点は主張すべきでしょう。
その際には、勤怠資料なども提示し、根拠を踏まえて説明することが重要です。

また、同じ待遇の従業員が他にもいる場合、その従業員も未払い賃金を請求してくる可能性があります。
未払い賃金に関する請求は、1人の訴えから始まっても、その後、当初の想定以上に範囲が拡大し、多額の支払いが必要となるおそれもあります。
未払い賃金を請求された場合には、対象者の範囲や訴訟の見込み等を踏まえた対応が必要となります。

未払いの賃金請求には時効がある

長期間にわたって未払いが発生していたとしても、未払い賃金を期間無制限で請求できるわけではありません。
民法改正により、未払い賃金の消滅時効期間は原則、支払日の翌日から5年に延長されましたが、当分の間は経過措置として3年とされています。

消滅時効が完成している期間の未払い賃金請求については、支払いを拒むことができるでしょう。
ただし、いずれ経過措置は廃止され、消滅時効期間は5年に延長されると考えられますので、未払い賃金が発生していないか、勤怠管理や給与計算の運用に問題がないか等の確認は早めに行うようにしましょう。

賃金未払いを未然に防ぐためにできること

賃金の未払いを防ぐには、適切な勤怠管理と給与計算だけでなく、職位と賃金規程の整備なども必要です。
賃金の支払いは従業員がいればどの会社でも行う業務ですが、だからといって簡単なわけではありません。
法律の正しい知識と適切な運用が不可欠ですので、専門家のサポートを受けることが大切です。

単純な計算ミス等を防止するには労務ソフトを導入することを検討してもよいでしょう。
特に変形労働時間制やフレックスタイムなどを導入している場合には、時間外労働の把握が複雑となっているため、システムの導入だけでなく、制度の十分な理解が必要です。

未払い残業代の請求を巡る裁判例

未払い残業代を巡る裁判例には、労働基準法上の管理監督者ではない管理職への残業代不支給や、固定残業制による超過分の残業代不支給といった事案が多くなっています。
固定残業制の導入や管理監督者の該当性について争われた泉レストラン事件をご紹介します。

事件の概要(平成27年(ワ)第476号・平成29年9月26日・東京地方裁判所・第一審)

飲食店経営を行うY社に勤務するXは、料飲部に所属し、退職時には副部長として勤務していました。
退職にあたり、Xは、時間外、休日、深夜労働に対する割増賃金が未払いになっているとして、Y社に未払い分の支払いを求めました。

Y社はXの主張を一部否認し、管理職前の月給には固定残業代が含まれていたことや、Xが管理職となってからは残業代の対象でないこと、さらには管理職手当が固定残業代の代わりになると主張しました。XはY社の返答を不服とし、Y社を訴えました。

裁判所の判断

Xの月給に固定残業代が含まれるか否かについて、裁判所は次のように判示しました。
Y社の給与規程には、基本給や業務手当等の一部を時間外労働等の手当に充当する旨が定められ、Xとの雇用契約にも月給に時間外勤務手当が含まれることが明示されていることから、固定残業制が導入され、固定残業代は支払われているとしました。

そして、Xが管理監督者に該当すること、また、管理監督者でないとしても管理職手当が固定残業代の代わりとなっているとの点について、裁判所は次のように判断しました。

  • Xは部門の新規採用や勤怠管理は行っていたものの、人事考課や賃金決定に関する権限を有していなかったことからXは労働基準法上の管理監督者とはいえない
  • 管理職手当については、雇用契約や給与規程上に、割増賃金の支払いに充当されるといった事情は窺われず、性質上の理解としても、固定残業代の支給にあたるとは認められない

ポイント・解説

管理職手当の趣旨は企業によって様々ですが、残業代の意味を含むということは法的観点からは避けるべきでしょう。
残業代に関しては、原則として、適切な時間管理を行った上で、時間外労働を正しく把握することが必要です。

本事案では、始業・終業時間を含めた勤怠管理が適切に行われておらず、PCログや手帳等を個別に認定しています。
客観的に明確な勤怠管理が行われていなければ、当事者間で勤務時間のトラブルが発生し、未払い賃金問題に繋がることになります。

勤怠管理については、厚生労働省からガイドラインが公開されていますが、業態によってどのように運用するべきか悩ましい部分もあるでしょう。
しかし、トラブル防止のためにも、弁護士に相談しながら自社に合った方法を策定し、運用することを目指しましょう。

7 賃金未払いによるトラブル防止のために、労務問題に強い弁護士がサポートいたします。

賃金の支払いは、従業員との信頼関係の根幹ともいえますので、最大限の注意をもって適切に対応することが求められます。
もし、未払いがあれば訴訟など紛争化するケースも多いため、会社としては防ぎたいトラブルの1つでしょう。
賃金未払いは意図せず発生することもあるので、運用体制の定期的なメンテナンスが必要といえます。
賃金未払いを防止するには、労務問題に強い弁護士へ相談することが大切です。

弁護士法人ALGでは、労務を専門とする弁護士が多数在籍していますので、トラブル対応だけでなく、賃金規程の整備や給与設計など幅広いサポートが可能です。
賃金支払いについて少しでも不安があれば、まずはお気軽にご相談下さい。

札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈
監修:弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長
保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)
札幌弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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