労務

「労働時間」はどこからどこまで?曖昧になりやすい労働時間の範囲

札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈

監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士

これって労働時間なのでは?という質問を従業員から受けたことはないでしょうか。着替えの時間が労働時間と認められ、未払い給与として支払うことになったなど、労働時間に関するニュースを目にする機会も増えています。

しかし、単純に「労働時間」といっても、どのような時間が該当するのかといった判断基準はまだまだ知られていません。適切な判断が難しい一方で、給与にもかかわるため、トラブルに発展しやすいポイントでもあります。
会社としては、正しい判断基準を理解した上で、労働時間の管理を行っていく必要があるでしょう。

本稿では、曖昧になりやすい労働時間の判断について判例を含めて解説していきます。

労働時間とは?

労働時間とはなにか、については労働基準法に明確な定義がありません。厚生労働省が平成29年に公表した、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインでは、労働時間とは、使用者の指揮命令下におかれ、業務に従事する時間とされています。

労働時間は、現実に作業をしている実労働時間だけでなく、業務にすぐに対応できるような準備状態(いわゆる手待時間)も含まれます。同じ拘束時間であっても、完全に労働から切り離される場合には休憩時間となります。

労働時間に該当するか否かの判断基準

労働時間に該当するかどうかの判断は、その時間が「使用者の指揮命令下におかれている時間」であると評価できるか否かによって定まります。ただし、この評価は、労働契約や就業規則などの規定によって決定するわけではありません。客観的にみて、労働者の行為が使用者からの指示によるものといえるか否かが重要となります。

【パターン別】労働時間に該当する・該当しない具体例

労働時間に該当するか否かの判断のポイントには、以下のような点が挙げられます。

  • 会社からの明示的・黙示的な命令による
  • 会社が場所を指定している
  • 業務を行うために通常必要とされる行為等

問題になりやすいケースをもとに、以降で具体的に解説していきます。

始業前・終業後の着替え時間

始業前・終業後の着替え時間については、イケア・ジャパンの未払い問題が報道され、話題になりました。従業員側の都合によって着替える場合には、使用者からの指示ではないため、労働時間にあたりません。

しかし、就業規則等で「始業時間前に更衣室で着替えること」などと義務づけられているのであれば、会社からの業務命令になりますので、労働時間となります。また、明示的な指示がなくても、着替えをしないことによる罰則などがあれば、黙示的な業務指示となり、労働時間とみなされる可能性があります。

会社からの指示がない場合であっても、法令上の義務となっている作業服等の着替えについては、業務を行うために必要な時間と考えられますので、労働時間と判断される可能性が高いでしょう。

始業前の掃除・朝礼・体操等の時間

始業前の掃除や朝礼、体操等についても、「使用者の指揮命令下におかれているか否か」が判断の基準となります。出席義務のある朝礼や、強制となっている掃除や体操等であれば労働時間にあたります。一方、自由参加等の場合で、参加しないことによるペナルティなどもなければ、労働時間にはあたらないと考えられます。

ただし、参加が強制されていなくても、不参加によって当日の業務進行に差し障りがあるなどの不利益があれば、労働時間と判断される可能性があります。業務に関する連絡を含める朝礼等については、始業時刻後に設定しましょう。

仮眠時間や待機等の手待時間

仮眠時間や待機等の手待ち時間は、労働は行っていませんが、拘束時間にあたります。単に、仮眠等で実労働を行っていないからといって、使用者の指揮命令下にないと判断されるわけではありません。

手待時間であっても電話等があれば直ちに業務対応することが義務づけられているのであれば、使用者の指揮命令下にあり、労働時間と判断されます。実際に電話があったか否かは判断には関係しないため、手待時間は原則として労働時間と考えておきましょう。

もし、この時間が労働から完全に切り離され、従業員が自由に行動できるのであれば労働時間ではなく休憩時間と評価されます。

勉強会・サークル活動の時間

勉強会やサークル活動については、自由参加型であれば、原則として労働時間にはあたりません。ただし、形式上は自由参加であっても、就業規則の制裁対象となっていたり、参加の可否が人事考課に影響するなどの事情があれば、労働時間にあたる可能性があります。

そのほか、活動時間中に業務の会議が行われるなど、参加しないことで業務上の差し障りがある場合にも、労働時間と評価される可能性があります。「自由参加」と明記するだけでなく、実態上も不利益が発生しないよう注意が必要です。

自主的な残業・持ち帰り残業の時間

従業員が上司等の許可をとらず、自主的に残業したり仕事を持ち帰ったりした場合は、原則として、使用者の指揮命令下にあるとはいえず、労働時間にはあたりません。しかし、黙示的な残業命令があった場合には、使用者の指揮命令下にあるとして労働時間と判断される可能性が高くなります。

黙示的な業務命令とは、客観的に残業が必要な状況であったり、上司等が自主的な残業を知りながら中止を命じていないような状態を指します。特に残業時間については、未払い残業代の問題にも直結するため、残業体制に不安があれば早めに弁護士へ相談しましょう。

教育・研修・訓練の時間

厚生労働省が公表しているガイドラインでは、参加することが業務上義務づけられている研修や教育訓練の受講時間は労働時間として取り扱うこととされています。つまり、自己啓発の一環として行う自由参加の研修等であれば、労働時間にはあたりません。

ただし、会社として参加を義務づけていなくても、法的に義務づけられた研修等については、労働時間になります。具体的には、安全衛生教育などは、労働災害防止のために法律で義務づけられているので、その実施に要した時間は労働時間にあたります。

通勤時間や出張時の移動時間

通勤時間や出張時の移動時間は、原則として労働時間にはあたりません。拘束時間にはなりますが、移動時間に睡眠や飲食など自由な行動が許されているのであれば、労働時間ではなく、休憩時間に近いといえるでしょう。

ただし、移動時間中であっても物品の管理を行ったり、オンライン会議参加など業務指示を伴っているのであれば、「使用者の指揮命令下におかれている」といえます。このように、特段の指示を与えている場合には、移動時間であっても、労働時間として管理しましょう。

労働時間の定義が曖昧だとどのようなリスクがある?

労働時間の定義を曖昧にしてしまうと、労働時間の把握が不適切となってしまいます。労働時間の管理に不備があると、賃金計算が適切に行えず、未払い賃金が生じるおそれがあります。1日10分程度であったとしても、最大過去3年分の請求が可能となっていますので、ある程度まとまった金額になるでしょう。

さらに、従業員複数人が請求してきた場合には、一度に支払わなければならない金額が膨れ上がり、会社にとって大きなダメージに繋がる可能性もあります。また、労働安全衛生法の観点からも、従業員の健康確保措置が適切に実施できなくなるおそれがあります。

過労の判断を怠れば、重大な事態を招くかもしれません。使用者には労働時間を適正に把握する義務があります。労働時間の定義を明確にし、トラブルを防止するためにも、適切な運用となっているのか社内体制を確認しておきましょう。

労働時間を適正に把握するために企業がすべきこと

厚生労働省のガイドラインでは、使用者は従業員の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適正に記録することが義務づけられています。記録方法は、原則として、「自ら現認」することが求められています。

これは管理者が始業終業時刻を直接確認することを意味しますが、従業員の人数が一定以上であれば現実的な方法とはいえません。タイムカードや勤怠管理ソフトなど、客観的な記録体制を整えておくべきでしょう。

また、Excel等で従業員が自己申告を行うケースもありますが、もし、申告とその他の記録に乖離があった場合には、実態調査の実施が必要になる点も注意が必要です。管理者だけでなく、従業員全体に対しても労働時間の適切な把握の重要性を周知するようにしましょう。

労働時間の該当性について争われた判例

労働力不足により、今後ますますの人材活用の必要性が高まる中、個々の能力向上を目的とした研修やオンライン学習の導入を行う企業も増えています。

しかし、これらの研修時間が労働時間にあたるかどうかを事前に確認しておかなければ、後からトラブルに発展するおそれがあります。研修時間の労働時間該当性について争われた類設計室事件をご紹介します。

事件の概要

【平成20年(ワ)第17196号・平成22年10月29日・大阪地方裁判所・第一審】

学習塾を経営するY社で塾講師として勤務するXは、Y社が行う勉強会に参加していました。しかし、勉強会は自由参加であり、勉強会の参加時間は労働時間に該当しないものとしてY社は、この時間に対する賃金を支払っていませんでした。しかし、勉強会への出席は実態として従業員の義務になっていたとして、XはY社に対して未払い賃金を請求しました。

裁判所の判断

勉強会は、業務と直接関連性のない小参加者による自主的サークル活動であり、欠席であっても業務に支障がなくペナルティはないとY社は主張しました。しかし、勉強会の運営上は、Y社によってあらかじめ参加者の割り振りが行われ、日時および場所が決められていました。

また、参加後にその内容に沿った感想文を掲示板へ投稿することが求められていたこと、遅刻・欠席については上長から指導を受けたことなどの事情が認定されました。

これらの事情を勘案し、裁判所は、不参加によるペナルティはなくとも、完全な自主的サークル活動とはいえないとして、勉強会に参加した時間は労働時間にあたると判示しました。

ポイント・解説

能力向上のための研修は、自己研鑽の一環として自由参加であれば、業務命令にはあたりません。しかし、自由参加が形骸化し、実態上は参加が強制的になっていたり、不利益を伴うのであれば、黙示的な業務命令となってしまいます。

その場合には労働時間として扱い、賃金の支払いも必要となります。研修を導入する際には、その研修参加を自由とするのか、参加の可否によって業務上の対応に差異が生じないかなどを慎重に判断する必要があります。労働時間として取り扱うべきなのか判断に迷うときは、弁護士へ相談の上、導入・設計されることをおすすめします。

労働時間に関するお悩みは、労務分野を得意とする弁護士にご相談下さい

労働時間に該当するか否かは、様々な要素を踏まえて判断する必要があります。個別具体的な判断が必要となるケースも多く、会社としては悩ましい問題でしょう。しかし、従業員の不満にも繋がるポイントでもあるため、会社にとっては見過ごせない問題でもあります。

労働時間の判断や管理についてのお悩みは、労務分野を得意とする弁護士へご相談下さい。弁護士法人ALGでは全国展開で労務に精通した弁護士が在籍しております。様々な労務問題に対応しておりますので、貴社のお悩みに沿ったサポートが可能です。労働時間に少しでも不明点がございましたら、まずはお気軽にご相談下さい。

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札幌法律事務所 所長 弁護士 川上 満里奈
監修:弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長
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