
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
近年、最低賃金の引上げが過去最高であるとして、ニュースで取り上げられることが増えました。
その結果、最低賃金という制度が労働者にも広く知られることになり、学生バイトであっても、最低賃金と時給の関係に注目するようになっています。
いまや最低賃金は、会社としてしっかりと確認しておくべき事項の1つといえるでしょう。
もし、最低賃金を下回っているような状態になれば、罰則の対象となることはもちろん、従業員との信頼も損ねることに繋がり、会社にとっては二重のリスクを負うことになります。
本稿では最低賃金制度や罰則、注意点等について解説していきますので、最低賃金制度への対応にお役立て下さい。
Contents
最低賃金制度とは?
最低賃金制度とは、最低賃金法という法律に基づき、これを下回る賃金は法的に許されないという最低限度の賃金を定める制度をいいます。
賃金の最低額を保障する制度ですが、最低賃金は一律ではなく、地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金の二種類があります。地域別最低賃金はすべての労働者に適用され、都道府県単位で最低賃金が設定されます。
特定(産業別)最低賃金は、特定の産業ごとに地域別最低賃金を超える独自の金額が設定されています。両方の最低賃金の適用を受ける場合には、使用者は、高いほうの最低賃金の水準以上で賃金を支払う必要があります。
なお、特定(産業別)最低賃金が適用される産業は限られています。
北海道で特定(産業別)最低賃金が定められている産業は、以下のもののみです。
- 処理牛乳・乳飲料、乳製品、砂糖・でんぷん糖類製造業
- 鉄鋼業
- 電子部品・デバイス・電子回路、電気機械器具、情報通信機械器具製造業
- 船舶製造・修理業、船体ブロック製造業
最低賃金を下回ることは違法
最低賃金は法律によって定められた基準ですので、これを下回る賃金は違法となります。
最低賃金の基準は雇用形態にかかわらず適用されますので、パートやアルバイトといった時給で給与計算を行う労働者だけでなく、月給制の正社員であっても、労働時間に応じ、最低賃金以上の給与を支給する必要があります。
もし、最低賃金を下回る給与条件で労働契約を結んだとしても、そのような給与条件は無効となり、最低賃金が強制的に適用されることになります。月給であっても最低賃金は適用されますので、時給換算した場合に最低賃金を下回っていないか、確認するようにしましょう。
最低賃金に違反した場合の罰則は?
最低賃金を下回る賃金水準は違法となりますので、罰則が適用されることになります。罰則の内容は最低賃金法によって定められていますが、最低賃金の種類によって罰則内容が異なります。
それぞれの罰則を確認しておきましょう。
地域別最低賃金額を下回る場合
地域別最低賃金を下回っていた場合には、最低賃金法に基づく罰則が適用され、50万円以下の罰金が科されることになります。
特定(産業別)最低賃金額を下回る場合
産業別最低賃金は、最低賃金法による罰則の定めはありません。なぜなら、産業別最低賃金は必ず定められるものではなく、地域別最低賃金を上回る水準とする場合にのみ設定するためです。
産業別最低賃金を下回っていた場合には、最低賃金法違反ではなく、労働基準法の全額払いに関する違反として、30万円以下の罰金が適用されることになります。
法的な罰則以外にも多くのリスクが発生する
最低賃金法違反によるリスクは法律違反による罰則だけではありません。
その他にも、以下のようなリスクが生じる可能性があります。
- ①労働基準監督署の行政指導を受ける
- ②労働者から未払い賃金を請求される
- ③企業イメージの低下や離職につながる
それぞれについて詳しく解説していきます。
労働基準監督署の行政指導を受ける
最低賃金法違反は、労働基準監督署の監督指導対象となりますので、違反が確認された場合には是正勧告等の行政指導を受けるリスクがあります。
行政指導を受けた場合には、改善報告の提出等の対応が必要となります。
もし、改善報告の提出をしなかったり、違反状況が継続したりするなど、改善が見込まれない場合には、刑事事件としての捜査に移行するケースもあります。行政指導を受けないように体制を整えることはもちろんですが、もし、行政指導を受けた場合には、その内容に従って改善策を講じるようにしましょう。
労働者から未払い賃金を請求される
労働条件の給与が最低賃金を下回っている場合、強制的に最低賃金額が給与として適用されます。
そのため、給与を支払っていても、その支払額が最低賃金未満であれば、自動的に未払い賃金が発生することになります。
このような最低賃金を下回る支払い期間については、労働者から未払い賃金を請求される可能性があります。また、未払い賃金が発生している労働者が退職した場合、退職後は年率14.6%もの遅延損害金が発生します。
たとえ、最低賃金法違反として罰金を科されるなどがあっても、支払い義務を負う未払い賃金の額が減ることはありません。もし、未払い期間が長期にわたり、また複数の従業員から請求を受けるとなれば、会社に大きな金銭的負担が発生するリスクがあります。
未払い賃金が無意識に発生しないよう、最低賃金の更新毎に賃金内容を確認することをおすすめします。
企業イメージの低下や離職につながる
最低賃金法違反によるリスクは法的責任だけではありません。最低賃金法に違反していることが公となれば企業イメージの低下は避けられないでしょう。
賃金は労働者にとって働くための大きなファクターの1つです。賃金が適切に支払われていないという事実は、従業員との信頼関係を損なうのに十分な理由になり得ます。
適切に給与が支払われていなければ、従業員にとって安心して働ける職場といえず、離職につながることは想像に難くないでしょう。企業イメージの低下や、優秀な人材の離職は法的責任を負うこと以上にダメージが大きくなる可能性があり、その回復には時間を要することになります。
このような事態に陥らないよう予防策を講じることが非常に重要となります。
最低賃金に違反していないかを確認する方法は?
最低賃金は時間単位で設定されています。時給制のパート・アルバイト従業員であれば容易に判断がつきますが、日給制や月給制の従業員の場合には、時給に換算して確認する必要があります。
日給もしくは月給の従業員の給与が最低賃金以上となっているのかについては、以下のような計算で確認するとよいでしょう。
- 日給制の場合:日給額÷1日の所定労働時間≧最低賃金
- 月給制の場合:月給額÷1ヶ月の平均所定労働時間≧最低賃金
ただし、月給=基本給ではないケースもあります。特に正社員では様々な手当を支給しているケースもあるでしょう。最低賃金の確認計算をする際の月給の考え方については、次項で詳しく解説します。
最低賃金制度に関するルールと注意点
最低賃金に抵触していないかどうかについては、以下で解説する2点についても十分理解した上で確認するようにしましょう。
最低賃金の対象にならない賃金がある
最低賃金の計算対象となる賃金は、毎月決まって支払われる基本給や諸手当です。
最低賃金の対象にならない賃金もあるため、除外対象の手当等については、時給換算する際に計算に含めないよう注意しましょう。
最低賃金の対象にならない賃金は、以下の通りです。
- ①臨時に支払われる賃金
- ②1ヶ月を超える期間毎に支払われる賃金(賞与など)
- ③所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(割増賃金など)
- ④所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
- ⑤午後10時から午前5時までの労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算を超える部分(深夜割増賃金など)
- ⑥精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
最低賃金の減額が認められる特例もある
最低賃金は原則としてすべての労働者に適用される制度ですが、一部の対象者に関しては減額特例制度が設けられています(最低賃金法第7条)。
以下に該当する労働者については、会社が都道府県労働局長の許可を受けた場合に限り、一定の減額率によって減額された最低賃金を適用することができます。
- ①精神または身体の障害により著しく労働能力が低い者
- ②試用期間中の者
- ③一定の職業訓練を受ける者
- ④特に軽易な業務または断続的労働に従事する者
最低賃金に違反しないために企業がすべきこと
最低賃金法違反には様々なリスクが伴います。しかし、最低賃金法を遵守することは決して容易ではありません。では、違反しないために企業はどのような対策を講じるべきでしょうか。
最低賃金に関する対策としては、主に2点が挙げられます。
まず1点目は、現在の給与設計が最低賃金法に違反する状態になっていないか確認する必要があります。
もし、様々な手当が含まれているなど、給与設計が複雑となっている場合には、簡単に判断できないケースもあります。算出が難しい場合には、弁護士など専門家のサポートを受けながら対応しましょう。
そして、2点目は最低賃金の適用時期になったら、その都度、最低賃金を下回っていないか確認することです。最低賃金は毎年審議され、10月1日を目処に見直される慣行があります。
決定された最低賃金は厚生労働省のHPにも掲載されますので、毎年この時期に賃金設定や労働契約の見直しを行う運用ルールを策定するとよいでしょう。
最低賃金に違反していると判断された裁判例
給与形態の中でも、特に歩合給が含まれている場合は最低賃金の基準を満たしている否かの確認に専門知識を要するといえます。また、勤怠を正確に記録できていない場合には、1時間あたりの賃金額を正しく算出することが難しくなります。
実就労時間からの算出によって最低賃金を下回っているとして、未払い賃金が認定された帝産キャブ奈良事件をご紹介します。
事件の概要(平成23年(ワ)第825号・平成25年3月26日・奈良地方裁判所・第一審)
タクシー会社であるY社に勤務するXらは、タクシー乗務員として勤務していました。Xら30名にY社が支払っていた給与は、時給換算すると、最低賃金を下回っており、さらに割増賃金にも未払いがありました。
XらはY社に対して未払い賃金や付加金を請求する訴えを起こしました。これに対し、Y社は不就労時間や組合活動の時間があるため、それらの時間を考慮すれば、最低賃金法には抵触しないと主張しました。
裁判所の判断
Y社が主張する不就労時間と組合活動時間の控除について、裁判所は、Y社が不就労時間についての明確な根拠を示さなかったため、これを認めませんでした。また、組合活動の時間について、組合活動時間は労働時間から控除しないという合意が成立していたとして、これを控除する理由がないと判断しました。
上記の判断をふまえた労働時間の実数から、Xらの1時間あたりの賃金額は、最低賃金を下回っているとして、裁判所はY社に差額の賃金支払いを命じました。また、最低賃金を下回る給与を基準とした割増賃金にも不足が生じているとして、その差額についても支払いを決定した上で、付加金・遅延損害金についても認容しました。
ポイント・解説
本事案について、Xらの給与が最低賃金を満たしていたか否かは、1時間あたりの賃金額と最低賃金を比較することによって判断されています。
Xらの給与形態は基本給や諸手当に加え、歩合給も支給されていたため、1時間あたりの賃金額は、(固定給/1ヶ月の所定労働時間の実数)+(歩合給/1ヶ月の総労働時間)によって算出されています。
本事案では、この計算に含む労働時間の判断について争われることになりました。
勤務時間であるか否かの基準が曖昧になっていると、最低賃金に関する判断も難しくなってしまいます。最低賃金法違反の予防には、賃金制度の見直しに加え、労働時間の判断基準や勤怠の記録方法についても弁護士からのアドバイスを受けるなどしておいたほうがよいでしょう。
最低賃金など賃金に関するご相談は、企業労務に精通した弁護士にお任せ下さい。
賃金は労働者にとって最も重要な労働条件の1つといえます。その賃金が法律で定める最低基準を下回っていたとなれば大きな問題となり得るでしょう。
最低賃金は毎年更新される可能性がありますので、適宜見直しすることを怠っていた場合には、未払い賃金問題に発展するおそれもあります。
最低賃金法違反を引き起こさないためにも、専門家である弁護士のアドバイスを受けながら賃金制度を見直すことをおすすめします。
弁護士法人ALGには企業法務や労務問題に精通した弁護士が多数在籍しており、賃金に関する制度設計から未払いトラブルの対応等までワンストップでのサポートが可能です。
会社の事情に応じて幅広いサポートメニューを提案しておりますので、賃金に関してのお悩みがあれば、まずはお気軽にご相談下さい。
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