
監修弁護士 川上 満里奈弁護士法人ALG&Associates 札幌法律事務所 所長 弁護士
新型コロナウイルス感染症拡大の緊急措置として在宅勤務制度を導入した企業も多いのではないでしょうか。在宅勤務制度はワークライフバランスを高めるだけでなく、交通費や事務所経費の削減、人材獲得に繋がる等、企業にとっても魅力のある制度です。
また、令和7年4月改正の育児介護休業法に定められた柔軟な働き方の一例にもなっており、今後、ますます在宅勤務制度導入の必要性は高まるでしょう。
しかし、在宅勤務制度はルールーを明確にしてから制度を導入しなければ、従業員の不満やトラブルに繋がるおそれもあります。在宅勤務制度における留意点を踏まえた上で、制度導入を検討しましょう。
Contents
在宅勤務制度について
在宅勤務制度とは、勤務日の一部もしくはすべてを、会社の事務所等ではなく従業員の自宅で勤務する働き方です。多様な生活環境にある従業員のニーズに柔軟な対応ができ、通勤の負担軽減ができるなどの利点があります。
ただし、自宅で勤務するという性質上、勤務時間と日常生活が混在せざるを得ない働き方であるため、従来型の労務管理では対応が難しいケースもあります。
在宅勤務の課題を踏まえ、適切なルール作りと、実施のための労務管理方法を明確にしておくことが重要となります。
在宅勤務でも労働基準関係法令が適用される
在宅勤務であっても、雇用関係にある従業員の立場にかわりはありません。その業務内容や量は会社の指示に従うものであるため、出勤の場合と同様に、会社の指揮命令下にあるとされます。
このため、在宅勤務という勤務形態であっても、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、労災保険法等の労働基準関係法令が適用されることになります。
労働条件の明示や労働時間管理、健康確保措置などは出勤する場合と同じく、適切に管理措置する義務があるという点に注意しましょう。
在宅勤務制度の導入における留意点
在宅勤務制度を社内に導入するにあたっては、以下の点について変更対応等が必要になります。
- 就業規則の規定
- 労働条件の明示
各ポイントについて、以降で解説していきます。
就業規則の規定
就業規則に在宅勤務に関するルールを策定し、周知するようにしましょう。
就業規則に規定する内容としては以下のような項目があります。
- 在宅勤務を命じることに関する規定(在宅勤務の定義、対象者、申請方法など)
- 在宅勤務用の労働時間を設ける場合、その労働時間に関する規定
- 通信費などの負担に関する規定
なお、法定上は就業規則を必要としない企業であっても、労使協定や就業規則に準ずる書面を作成し、労使間でルール認識の齟齬が起きないようにすることが望ましいといえます。
労働条件の明示
在宅勤務における勤務場所は自宅になります。対象者との労働契約で勤務場所に自宅が含まれていない場合は、在宅勤務の適用とルールを説明した上で、条件変更の合意を得ることが大切です。
変更条件については、口頭だけでなく書面交付で行うようにしましょう。
労働時間の管理に関する留意点
在宅勤務対象者の労働時間についても、適切に把握することが必要です。原則として、客観的な方法により労働時間を把握しなければなりません。
オンラインの勤怠システムの導入やパソコンの使用時間の記録など、在宅勤務の状況に応じた把握方法を検討しましょう。また、在宅勤務制度における労働時間では、中抜け時間の取扱いやみなし労働時間制の適用についての相談が多くなっています。
この2点について解説していきます。
在宅勤務における中抜け時間の取り扱い
在宅勤務では私生活の状況によって、中抜け時間が必要となるケースも少なくありません。では、中抜け時間はどのように取り扱うことが求められるでしょうか。
法律上は、中抜け時間の把握は義務ではないので、始業・終業時間のみの把握とすることも可能です。
中抜け時間を把握する場合は、その時間が完全に業務から開放されるのであれば、休憩時間として取り扱うことも可能です。
そのほか、終業時間の繰り下げによる対応や、時間単位年休が導入されているのであれば、その活用なども可能です。休憩時間をフレキシブルとするのであれば、労使協定によって一斉休憩の対象から外すなどが必要となります。
中抜け時間の対応についても就業規則へ規定し、ルールとして明確にしておくべきでしょう。
在宅勤務でみなし労働時間制を適用できるか?
就業場所が自宅であっても、一定の要件を満たしていれば、事業場外労働のみなし労働時間制の対象とすることができます。適用するには以下のポイントを押さえておきましょう。
- ①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくよう義務付けられていないこと
- ②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
①については、スマートフォン等を会社が支給していたとしても、その連絡の応答や折り返しのタイミングが従業員の判断に委ねられているのか等がポイントになります。
また、回線を接続している場合でも、従業員が情報通信機器から自由に離れられるような場合には、要件を満たしていることとすることができます。
②については、管理者などが1日の業務に関するタイムスケジュールを具体的に設定するような場合は、要件を満たさないと判断されやすいです。
業務の目的、目標、期限などの基本的事項やその変更を指示する程度であれば、要件を満たしていると判断することができます。
在宅勤務の費用・手当に関する留意点
在宅勤務では、出社時には会社が負担していた業務時間中の通信費用や水道光熱費が、従業員の家計に発生することになります。
在宅勤務は従業員にとってもメリットが大きいとはいえ、そのような負担を問題視する従業員は少なくないでしょう。在宅勤務と非在宅勤務の社員間で、費用負担に差が発生するとなれば、在宅勤務を拒否する可能性もあります。
では、在宅勤務における様々な費用や、その補填の手当支給についてはどのような点に注意が必要となるでしょうか。
通信機器や通信費等は会社が負担するのか?
パソコンやその周辺機器、携帯電話等の端末類については、会社からの貸与としているケースが一般的です。また、通信費については、モバイル通信機器の貸与や一定額の通信費用を会社負担とすることが多いでしょう。
もし、労働者にこれらの費用を負担させる場合には、合意の上、労働条件変更を行うことになります。しかし、従業員にとって不利益な変更となりますので、合意を得ることは簡単ではありません。
不公平感の無い制度設計が重要となります。
通勤手当や在宅勤務手当は支給必須か?
在宅勤務の頻度が高いのであれば、通勤手当として支払うよりも、必要となった交通費を支払う方がコスト削減に繋がる可能性があります。手当ではなく実費弁償とすることは在宅勤務が基本となるのであれば、妥当性があると考えられます。
また、在宅勤務では通信費以外にも、水道光熱費や文具費などの細かな負担が発生します。
家庭分との切り分けが明確ではないこれらの費用負担を解消する目的で在宅勤務手当を支払うというのも有効な手段です。
手当支給は必須ではありませんが、在宅勤務ルール策定時に、従業員と協議し、支給の有無や要件等について検討するとよいでしょう。なお、実費弁償にあたらない部分については、社会保険料・労働保険料の算定基礎に含めるべき金額となります。
人事管理や能力評価に関する留意点
人材の有効活用には、人事管理や能力評価が重要なポイントとなります。在宅勤務者であっても、その能力を十分に発揮してもらうには、適切に能力評価を行い、フィードバックすることが大切です。
在宅勤務では、従業員が出社しないことが通常であるため、正しく評価されるのだろうかと懸念を抱く従業員もいることでしょう。在宅勤務を選択もしくは命じる場合には、対象者にどのような管理、評価を行うのか説明することが望ましいと考えられます。
在宅勤務者の能力評価を適切に行うには
在宅勤務者の能力評価に不安を感じるのは対象従業員だけではありません。その上司にも不安があることでしょう。
評価の方法を1つに限定する必要はありませんので、状況に応じて在宅勤務者には、相対評価ではなく絶対評価を行うといった対応も可能です。特にプロセス評価は目視での確認頻度が減ってしまうため、再編の必要性が高い項目といえます。
在宅勤務に適した人事評価を設計し、従業員と評価者の双方に具体的な評価項目や基準を説明することが理想的といえます。ただし、在宅勤務者について通常の従業員と異なる賃金制度等を規定するのであれば、就業規則の変更や周知といった手続きが必要となる点に注意しましょう。
在宅勤務者の健康・安全に関する留意点
会社には、通常の従業員と同様に在宅勤務対象者についても、その健康と安全に関する措置を行うことが義務づけられています。特に、在宅勤務の従業員は私生活と労働時間の境界が曖昧になりやすく、長時間労働に繋がるケースも増えています。
会社の目が行き届かないことも多いため、通常の従業員以上に注意したほうがよいでしょう。
在宅勤務でも労働者の健康を確保する義務がある
在宅勤務であっても、定期的な健康診断や必要な安全衛生教育を行わなければなりません。特に在宅勤務においてはパソコンを使用した勤務形態が非常に多いため、作業環境の整備についても配慮が必要です。
厚生労働省通達のガイドラインも参考にしながら、従業員へ啓発するなどの対応を心がけましょう。
また、長時間労働による健康被害を防止するために、時間外・深夜・休日労働の原則禁止ルールなどを設けることも有効な手段です。会社の実情に合わせて取り組みやすい健康確保のためのルールを策定しましょう。
在宅勤務中に生じた災害は労災保険の対象か?
在宅勤務中であっても、業務が原因で生じた災害については労災保険の対象となります。もし、在宅用のパソコンの長時間使用によってドライアイや腰痛などを発症したのであれば、業務上災害として扱われることになります。
また、長時間労働により心身の健康を害した場合なども、労災保険の対象となります。場合によっては、業務上災害の認定を受けるだけでなく、会社の安全配慮義務違反が問われる可能性もあります。
在宅勤務だから把握できなくて当然とはなりませんので、適切に把握する方法を検討しておくべきでしょう。
在宅勤務制度を導入するメリットとは?
ITツールの発達で、在宅勤務制度の導入は容易となりました。しかし、導入にあたってコストゼロとはいきませんので、導入することによるメリットを把握した上で導入を検討する必要があるでしょう。
一般的に、在宅勤務による会社のメリットには、以下のような点が挙げられます。
- 勤務地の制限撤廃(地方の優秀な人材の獲得、エリア限定希望の人材獲得)
- 育児や介護の両立(家庭の事情による離職防止)
- 生産性や業務効率の向上(通勤時間による疲労の解消)
- 企業のイメージアップ
- コスト削減(オフィスの縮小、通勤手当の圧縮)
今後も新型コロナウイルス感染症のような事態が起きないとは限りません。どのような事態であっても事業を継続できる手段の1つとして在宅勤務制度を整備しておくことも、経営上のBCP対策となるでしょう。
在宅勤務制度導入のデメリットとその対策
在宅勤務制度導入には多くのメリットがありますが、デメリットがないわけではありません。どのようなデメリットが発生するのかを理解した上で、対策を講じておかなければ制度をうまく活用することは難しいでしょう。
在宅勤務制度によるデメリットには以下のような点があります。
- 情報漏洩の危険性
- コミュニケーション不足
- 自己管理が苦手な社員への適用について
各項目について1つずつ解説していきます。
情報漏洩の危険性
自宅で業務を行う最も大きなリスクは、セキュリティ面といえるでしょう。自宅のネットワーク回線の脆弱性やセキュリティ対策ソフトの不備など、会社が直接関与できない部分への対応が課題となります。
セキュリティ対策としては、通信回線機器の貸与や、設定済みのパソコンの貸与なども有効ですが、何より従業員個々人の情報漏洩に対する姿勢を教育する必要もあります。
また、物理的に紛失などのおそれもありますので、どのようなセキュリティ対策を行うかが大きなポイントとなるでしょう。
自宅以外での業務を禁止できるか?
情報漏洩のリスクを軽減させる手段として、自宅以外での業務を禁止する選択肢があります。自宅外でWi-Fi回線を使用するなどがあれば、情報漏洩のリスクが高まることになります。
また、就業場所を自宅に限定することで労働時間の把握も容易となりますので、利点は多いでしょう。自宅以外の業務を禁止するには、その旨を就業規則に規定しておくことが大切です。
ルールを明記し、周知することで在宅勤務の就業場所を限定することが可能です。あわせて、対象者には改めて自宅以外で業務を行わないよう、リスクを含めて十分に説明するようにしましょう。
コミュニケーション不足
出勤時であれば定期的に顔を合わせて挨拶などすることで、従業員の様子をある程度うかがえる機会があります。しかし、在宅勤務になると、そのような機会が圧倒的に少なくなってしまい、従業員の変化に気づくことが遅くなるケースがあります。
気軽なコミュニケーションが難しくなることで、すぐに相談できないなど、閉塞感や不安感を抱えている従業員もいるかもしれません。また、情報共有が不十分になった結果、報告漏れの発見が遅れるなど業務に支障を来すおそれもあります。
在宅勤務では、ささいな雑談を推進する仕組みをつくり、意識的にコミュニケーションをとる機会を与えるようにしましょう。
自己管理が苦手な社員への適用について
仕事の進め方を自分で管理するのが苦手な従業員もいます。これは、仕事が遅いというケースだけでなく、仕事をし過ぎて長時間労働となってしまうケースもあります。
出勤していれば、定期的に進捗の確認や声かけが簡単にできますが、在宅勤務になると、この頻度が極端に低くなってしまいます。
自己管理が苦手な従業員に対しては、意識的に進捗報告を求めることや、定期的な出社を義務づけるなどフォロー体制を整えておくとよいでしょう。業務日報等での進捗報告を義務づけるなども効果的です。
在宅勤務をスムーズに導入するには制度を理解することが重要です。不明点があれば弁護士にご相談下さい。
在宅勤務制度は、従業員個々の事情によらず、働きがいを充実させることができる次世代型のワークスタイルとして注目されています。また、企業にとっても、コスト削減や、家庭事情による有能な人材の離職防止、優秀な人材獲得など様々なメリットがあります。
しかし、就労場所が直接目の届かない自宅である以上、従来の労務管理では適切に把握することが難しいという課題もあります。在宅勤務制度を導入するには労使で協議した上で、ルールを策定することが望ましいでしょう。
また、法的観点からの留意点も多い制度ですので、労務に精通した弁護士への相談も不可欠といえます。弁護士法人ALGでは、労務問題の経験豊富な弁護士が、全国の支部に在籍しています。
在宅勤務制度の導入についての留意点や、制度設計など幅広い相談が可能ですので、疑問点等があればまずはお気軽にご連絡ください。
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保有資格弁護士(札幌弁護士会所属・登録番号:64785)
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